教養試験「人文科学」の攻略法

公務員試験は科目が多いため戦略的に効率良く学習をしていくことが大切です。
数的処理などは配点が高いため攻略が必須ですが、人文科学のように配点が低く範囲が広い科目は対応に悩むところですね。

今回は人文科学とは一体どのような科目なのかを確認し、公務員試験ではどのように扱うべきなのかを考えていきます。
学習効率化の一助となれば幸いです。

目次

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永田講師 この記事を書いた人 永田 英晃 

人物試験講座主任
現代文・社会科学主任

河合塾などの大手大学受験予備校にて医系講座、東大講座を歴任し、公務員試験対策予備校でも国家公務員総合職講座など常に最高レベルの担当をしてきた。様々な啓発技術を融合したオリジナル指導を実践し、最大手予備校模試での全国1位や、都内トップ高校での学年1位などを輩出。東京大学や京都大学をはじめ多数の生徒を合格へと導く。

現在は主に公務員試験対策、就職試験対策、教員採用試験対策、キャリアコンサルティング、教員向け研修の講師を務め、抜群の合格率・内定率を誇る。首都圏を中心に北海道、北陸、中部、関西など日本全国の大学にて講座を受け持っている(登壇実績約70大学)。

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人文科学の配点

公務員試験は主に教養択一試験、専門択一試験、論文試験、人物試験で構成されます。
教養試験うち、人文科学は約12%を占めます。

これだけを見ると配点が大きいように感じますが、その内訳は日本史と世界史、地理、思想など、多岐に渡り、その一つ一つの範囲は膨大です。
つまり勉強量に対して効果が表れにくい分野、得点効率の低い分野であると言えます。

参考  人文科学の配点割合

※ 変動する可能性もあるので、参考程度に踏まえてください。



公務員試験における人文科学

はっきり言ってしまうと、公務員試験対策において人文科学は勉強する必要のない科目です。
このように断言すると誤解を招きそうなので、しっかりと順を追って説明していきます。

まず、数的処理などの知能科目が得意な人は、人文科学などの暗記科目が苦手である傾向があります。
公務員試験の配点は知能科目の方が圧倒的に大きく、知能科目が得意な人は人文科学で点数が取れなくても割と簡単に合格ラインに達します。

知能科目が得意でも、知識科目でもう少しだけ点数の加算が必要な人は、他の科目との関連が強い社会科学や時事を優先させましょう。
つまり、人文科学に時間を割く必要はありません。

次に、数的処理などの知能科目が苦手な人は、人文科学よりもまずは数的処理の点数を上げなくてはいけません。
配点が高いということは、それだけ公務員にとって知能は必要とされる能力だと言うことです。

まずは数的処理を中心に学習し、人文科学は学習の気分転換ぐらいの位置付けで十分です。
また、人によっては、人文科学が得意もしくは人文科学が好き、と言う人もいるでしょう。

もし学習するとしたら得意もしくは好きな分野だけで構いません。
学習と言うよりも趣味のような感じで、愉しく取り組んでみてください。

高校受験や大学受験で人文科学が得意だった人は、その分野では高得点が狙えます。
わざわざもう一度、一から勉強し直す必要はありませんが、軽く過去問などを見て、思い出しておくと良いですね。

一方、高校受験や大学受験でさっぱり勉強して来なかった人は、ここで一から人文科学を勉強しても、得点できるまでのレベルには達しない可能性が高いため、潔く諦めてください!
人文科学よりも配点が高く、効率の良い科目に注力しましょう。

数的処理も暗記科目も全て苦手である人は、そもそも公務員に向いていない可能性が高いため、進路の再考が必要です。
公務員に固執せず、今は苦手を克服するよりも、好きなこと・得意なことを見つけた方が格段に成功する確率が上がりますよ。

以上から、択一試験の人文科学をしっかりと勉強すべき人には誰も該当しないのです。
公務員試験での人文科学は「勉強しない」「したとしても片手間で」と言う姿勢で十分です。



人生や将来のための人文科学

このように、現行公務員試験における人文科学は時間の無駄です。
しかし、人生や将来においては、人文科学ほど役に立つ学問はありません。

そもそも「人文科学は役に立たない」と言っている人は、「目先のことに役に立たない」と近視眼的な尺度で考えています。
もっと未来を見通した長期展望の観点から考えてみましょう。

現在、隆盛を極めている学問は、医学、薬学、工学、コンピュータサイエンス、法学、経済学など、どれも実用と強く紐付いたものですね。
これらの需要はまだAIが実用化する前にできたものです。

実用の需要があるから、これらの実用分野に秀でた人は職にありつけると言う単純な理由です。
しかし、実用部分のhowのスキルは、今後、AIの普及によってどんどん自動化されていきます。

そのAI時代に重要となっていくのは、実用のhowではなく、パーパスや意義つまりAIを動かす前段階に必要なwhatやwhyの部分です。
そしてwhatやwhyの部分を担う学問こそが人文科学なのです。

今の日本では、人文科学の人気が低迷していますが、リコンバレーなどの最先端で最も注目され、彼らが熱心に学んでいるのは人文科学や芸術の分野です。
日本はグローバル競争から取り残され、もはや世界の最先端と日本で正反対を向くところまで引き離されてしまったのです。

人文科学には歴史や文化など、「人はいかに生きるべきか」「未来をどう構築すべきか」の根元的問題のヒントが多く隠されています。
人文科学は、AIに使われる側」になるのか、「AIを使う側」になるのかを大きく分ける素養なのです。

不用意に「人文科学は役に立たない」などと発言すると、優秀な人材から「この人は未来の見えない無能な人だ」と思われてしまいます。
今回の記事は「公務員試験対策における人文科学」と言う観点なので、人文科学不要論のように受け取られてしまうかもしれませんが、人文科学と言う学問自体はとても価値があり役に立つものである点をここで強調しておきます。



そもそも人文科学とは

人文科学とは、「人」に焦点を当て、人が作ってきたものを科学的に解釈する学術分野です。
分かりやすいのが、人文科学の「地理」と自然科学の「地学」の違いですね。

地学とは地球科学の略であり、人の手が加えられていない部分を研究する分野です。
一方で地理は、人の手が加えられた部分を扱います。

自然科学と人文科学は対象もアプローチ方法、解釈の仕方も全く対極であると言っても良いでしょう。
自然科学の基本は、「真理は1つであり、それを導く」ことです。

人文科学では、人それぞれ、立場によって見え方や解釈が異なると言う考え方が基本となります。
よって、「学者の数だけ真理がある」のです。

私たちは同じ世界に生きていますが、人それぞれに視点や立場を持っています。
たった一つの真理を見付けると言う単純なものではなく、「こっちから見たらこうなる」「あっちから見たらああなる」と複数の真理が並立し得るのです。

Aと言う事象を研究した結果、「Aは存在しなかった」と言う結論に達することだってあります。
また、「人」に焦点を当てると言っても、人が生み出したデータ・資料を重視するのか、人の行動を重視するのか、その前提となる意図や動機、状況を重視するのかによっても解釈が変わってきます。

その相対的な解釈こそが、人文科学の最大の特長でもあります。
存在する事実を様々な視点から分析する多様性は、複雑化する現代にとって必要となる観点です。

しかし、試験や教育では全ての学説を網羅することは不可能ですね。
よって、その時に最も権威のある学説がとりあえず規範(答え)として採用されています。

私たちはそれを必死になって覚えている訳ですが、極端に言えば、これは知らず知らずのうちに学会の権威に従っているだけなのです。
せっかく覚えたのに、数年したら学会のパワーバランスが崩れ、別の説が採用されることも多々あります。

試験勉強で覚えた事項を専門の研究者に話したら、「それは何年も前に否定され、別の学説が通説となっている」と言う回答が返ってくることもよくあります。
ただ、旧説を支持する老練学派も力があり、手続きにも時間がかかるため、学会の新説が試験に反映されるのは十年以上も先になる、と言うのが実情です。

人文科学と言うと、事項の暗記のように思っている人が多いのですが、実はこのように本質は画一的暗記学習と最も遠いところにあるのです。
よって、人文科学を暗記するのは無駄どころか無意味であるとさえ言えます。



人文科学は知恵の泉

さて、皆さんは、納得のできないことを押し付けられて困った経験はありませんか?
この手のトラブルのほとんどが押し付け決定者の恣意的な思い込みだったりします。

恣意的な思い込みの強い人ほど、論理的客観的能力に乏しく、こちらがデータを示して反論しても、その反論自体を相手は理解できません。
それどころか「あいつは物分かりの悪いヤツだ!」と気嫌いされてしまうでしょう。

このような時、非論理的な人を説得するのに役に立つのが人文科学です。
昔の中国故事では、非論理的な暴君を、人文科学的な逸話を用いて諫言する名宰相の話が多くあります。

現代においても、例えば、ある職場で「これからは成果主義の時代だ! 全員、一律ではなく、成果によって報酬を変えるようにすれば競争原理が働き、業務効率が上がるはずだ!」と言う改革をしようとしていたとします。
どうやらこの人には「競争すれば業務の質やスピードが上がる」と言う思い込みがあるようです。

論理的にデータや数字を示して反論しても、思い込みで決める人はそもそも客観データを重視しないので焼け石に水です。
ここで、ある人が、ルース・ベネディクトの「菊と刀」に書いてある話を紹介し、「世界では競争によって向上するケースが多いが、日本人は報酬に差をつけると足の引っ張り合いになり逆効果だった。日本人は、競争よりも、一律平等の方が一致団結し、業務の成果が向上する珍しい民族である」とアメリカの文化人類学者が考察していたことを伝えます。

すると、その相手は妙に納得して、成果主義の導入を取り下げたそうです。
論理的な人から見れば、「菊と刀」の頃と今じゃ時代背景が全く異なるし、その頃の日本人と今の日本人は違うのでは?、と疑問に思いますが、非論理的な人にとっては、そんなことはどうでも良くよく、自分が納得さえすればそれで良いのです。

このように、非論理的な人との共感材料として、人文科学的なスキルは極めて有効です。
(むしろ世の中の大半の人は非論理的なので、実際の状況ではこちらで説得するケースの方が多いかもしれません)。

但し、気を付けたいのは、この説得方法は「非論理的」と言う土俵で有効である分、「論理」の土俵である論文では無効と言う点です。
人文科学系の著名な学者が言っていたのですが、人文科学の論文は論理的に無茶苦茶で、エッセイや思い付き、引用を並べただけの酷いものが多いそうです。

しかし、これは人文科学だけでなく、同じ現象は社会科学の論文にも見受けられ、共通項を見ると、大学入試で数学が無い大学の出身者の人に多い現象です。
数学と言うのは、論理で構築する科目ですが、それが苦手と言うことは、論理力が無いと言うことです。

論理力が無いのに、暗記力だけで大学に入ってしまったので、無茶苦茶な論文を書いていても、本人は無茶苦茶であることに気付くことができません。
よって、近年では、文系学部に数学を必須にするなど、きちんと論理が分かる人が大学に入学する(論理が分からない人が誤って入ってこないようにする)よう、フィルターを強化しています。



公務員試験には人文科学が足りない

さて、人文科学とはどのような科目なのかをご理解頂けたでしょうか。
今までは単なる試験のための暗記科目だと思っていた人も、その重要性を認識できたかと思います。

すると今度は、人文科学を暗記としか位置付けられていない公務員試験そのものの課題が浮き彫りになってきます。
現行の公務員試験は、論理的課題解決という点では優れた人材が選抜されるようになっています。

しかし、課題自体を見つけ出し、何故それをすべきかを構築できる公務員はかなり少数です。
海外では、行政はどうあるべきか、何をすべきか、と言った志を持ち侃侃諤諤の議論の中で行政の行く末を考えます。

また、日本の公務員も、昭和の時代は、大局観があり未来を真剣に考える人たちが大勢いました。
それがいつの間にか、行政が骨抜きにされ、目先の課題を処理するだけの雑用ロボットのようになってしまったのです。

公務員が住民を顧みず、自分の生活や自分の安定や安泰だけを考える腐敗した状況は、現代日本にとって大きな問題です。
日本でも、平安時代末期、鎌倉時代末期、江戸時代末期など、官僚が人々の方を見ず、保身のみに走っていた時、その体制は滅びました。

現在のような「点数だけ取って合格さえできればそれでいい」と言う、自己本位な目先だけの公務員試験対策のあり方は、国を滅ぼす巨悪の根源であると感じています。
この状況を改善するには、一体どうすれば良いのでしょうか。

その突破口がまさに人文科学にあります。
世界情勢と言う広い視点で見た行政の位置付け、長い歴史を踏まえた上での現代行政のあり方を捉えるのは人文科学の領域です。

海外や最先端で活躍する人たち、日本の繁栄を牽引した昭和の偉人たちに共通する素養は、実は人文科学なのです。



知識暗記は時間の無駄

少し話が逸れてきたので、ここからは記事の本題である現行の公務員試験に限定して話を進めます。
公務員試験の択一試験における知識科目は、スマホが普及した現代においては時間の無駄以外の何物でもありません

スマホがなかった昔は、覚えていること自体に価値がありましたが、今や知識はスマホで簡単に検索ができます。
よって、知識科目は能力としては全く不要になってしまいました。

また、上述のように、教科書に書いてあることは一つの学説に過ぎず、それが本当に正しいのかどうかはわかりません。
皆さんが暗記の時に感じる「こんなもの覚えても仕方がない」と言う直観が、実は最も正しいのです。

そして、今や知能科目ですらAIが最適解を出してくれます。
つまり、公務員試験の択一試験そのものが、今や時代の遺物になりつつあるのです。

自治体によっては、択一試験を省略したり、別の試験で代用したりしていますが、択一で測られる能力はもはや必要ないことを悟っての決断なのかもしれません。
しかし、教養の素養そのものはどんな仕事にも必要なので、今後は教養も論述や口述で深さを測る試験に変えれば、より長期的に有能な人材を見つけることができるでしょう。



人文科学は完璧主義者を落とすために仕掛けられた罠!?

ここまで見てきて分かる通り、人文科学の択一問題ほど無駄な出題はありません。
また、受験生にとっても合否に影響しない以上、力を入れて学習する必要のない科目です。

では、一体何故、このような無用の長物を択一試験の科目に入れているのでしょうか。
答えはズバリ「完璧主義者の排除」です。

社会や組織において最も害悪となるのは頭でっかちの完璧主義者である点は再三再度お伝えしてきました。
さて、完璧主義者は人文科学をどのように扱うでしょうか。

もちろん完璧に覚えようとしますね。
しかし、人文科学の範囲は膨大であり、これを完璧に覚えるには何年もかかってしまいます。

でも、実際に試験で割り振られている配点は僅かです。
僅かなもののために何年も費やして完璧を求める・・・職人としては美談かもしれませんが、誰もこの人とチームで仕事をしたいとは思わないでしょう。

完璧主義者は人文科学の泥沼にはまって得点を伸ばせず、一次試験で落ちます。
採用側としても、人文科学のお陰で完璧主義者が落ちてくれて万々歳と言ったところでしょうか。

これぞまさしく試験に翻弄され人生を棒に振る人の末路です。
賢い皆さんは是非、大局観を持って科目を捉え、最良の選択を心掛けてみてくださいね。

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