著者紹介
鹿はせる 長島・大野・常松法律事務所パートナー。
企業法務一般に加え、クロスボーダーの複雑なM&A取引に特に強みを持つ。米国、中国の法律事務所での執務経験あり、国際的な案件も多くこなす。
司法試験に合格後
司法試験に合格後は、最高裁判所に設置された研修機関「司法研修所」で1年間の司法修習を受けることになります。司法修習を終えることにより、判事補、検事、弁護士となる資格が得られます。
このうち弁護士になる方が最も多く、1,500名前後の司法修習終了者のうち弁護士登録者は、毎年8割以上です。
今回は、司法試験合格後、弁護士になった後の仕事の状況についてお話します。
弁護士の仕事は3つの軸で分類される
一概に弁護士と言っても様々な仕事をしていますが、その分け方には大きく3つの軸があります。
- 扱う案件が、刑事事件か民事事件か
- 顧客が、「個人」か「企業」か
- 裁判所に、頻繁に行くか行かないか
まず、これらについて見てみましょう。
(1)刑事事件か民事事件か
刑事事件での弁護士の活動は、罪を犯した疑いのある人に刑罰を科すべきかどうかという捜査や裁判に関して、弁護活動を行うことです。新聞やテレビで報道される犯罪事件を見ると、弁護士が出てくるのを見かけることも多いと思いますので、イメージがつきやすいかもしれません。
一方、民事事件での弁護士の活動は、個人同士や企業同士、または個人と企業との間の紛争の解決にあたり、損害賠償請求などを求めていく活動です。
事件によっては多額の損害賠償請求が発生することもあるので、その場合は弁護士の報酬も多額になる傾向があります。
ちなみに、刑事事件を弁護する弁護士は法廷で「弁護人」と呼ばれますが、民事事件に対応する弁護士は法廷で「代理人」と呼ばれます。
(2)顧客が「個人」か「企業」か
顧客が個人の場合、普段の生活の中で起こるトラブルをお手伝いすることが多くあります。
具体的には個人間の金銭の賃貸借、離婚・相続、交通事故、医療事故など、です。誰もが日常生活中にトラブルに巻き込まれる可能性はあります。
実際、皆さまの中にも、困りごとがあった際に実際には弁護士に頼まなくても、「もし身近に弁護士がいれば相談したいな…」と思ったことのある方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
依頼人の立場に寄り添い、法的な部分での紛争解決とともに、依頼人が幸せな生活を送るための解決策を提案する、ということも弁護士の仕事の重要な視点となります。
これに対して顧客が企業の場合、会社が事業活動に伴って発生する法律問題の予防・対応を行います。具体的には、企業結合(M&A)を行う際の対象企業の法的調査(デューディリジェンスと呼ばれます)をしたり、契約書作成・交渉をお手伝いしたり、その他独占禁止法、金商法、知的財産法、租税法など幅広いビジネス関連法令に関して、企業のお手伝いをします。
一般の方には、なかなか馴染みが薄いかもしれませんが、時にはその判断が企業の命運を握ることもある、大切な仕事です。
(3)裁判所に、頻繁に行くか行かないか
弁護士をしていると、「どういった裁判をしているのですか」とよく聞かれるのですが、私自身は裁判所にあまり行きません。
企業法務の世界では、裁判の当事者になること自体リスクがあり、訴訟をするかどうかは、企業にとって大きな決断になります。そこで、なるべく紛争を避け、裁判所に行かなく済むよう、事前に契約書を細かく作成・レビューしたり、コンプライアンス体制など企業のリスクマネジメント体制の整備をするのをお手伝いしたりするのを紛争予防法務といいます。
これに対して、紛争が起きた後の社内調査や訴訟を紛争解決法務ということもあり、どちらも大事なお仕事です。この場合、裁判所に行き、裁判を行っていくことになります。
(2)であげた顧客が個人の場合も同様に考えられ。なるべく紛争を避けできるだけ裁判所に行かなくて済むようにする活動と、実際に訴訟が起きて裁判所で争う活動とに分かれます。
閑話休題
ちなみに、「弁護士バッジは普段から付けているんですか?」という質問もよく受けますが、私は普段していません(笑)。弁護士バッジは、裁判所に行くときに手荷物チェックを受けなくて済むという機能があるのですが、裁判所に行くことが少ない私にはあまり使う機会のない機能です。バッジの実物は結構重くて目立つ部分もあるので、積極的にはつけたくないですね。
細分化していく弁護士の業務
医師の診療科が外科、内科、皮膚科など細かく分かれているのと同じように、弁護士もその専門性による業務の細分化が進んでいます。
企業法務の中でも、コーポレート、M&A、独占禁止法、金融法務(ファイナンス)、労働法、租税法、などによって分かれています。
ただし、専門領域だけわかっていればよいということはありません。
例えば、M&Aの場合、知的財産権の問題や、独占禁止法の問題も複雑に絡む場合も多く、各分野のスペシャリストと組んで対応する場合であっても弁護士一人一人が、重要な法令を抑えておく必要があります。
弁護士は食えないは本当?!
1990年は約500人だった司法試験合格者も、現在では毎年1,500人前後と増え、年々弁護士の人数は増えています。
弁護士の人数が増えると競争環境が激化して、弁護士の資格としての魅力としては前より下がったという声も聞こえてきます。
しかし、世界的に見て、日本は今でも弁護士の数は相対的にかなり少ない状況は変わりありません。
人口10万人あたりの日本の弁護士数はおよそ30人で、これはアメリカの約1/10です。
また、ドイツ、イギリスと比較しても、1/5以下ととても少ない状況です。
日本は外国と法文化が異なって訴訟が少ないからその分需要は少ないといった話もありますが、上でも触れたように、そもそも裁判所に行かない弁護士もいるので、訴訟は弁護士の業務の一部に過ぎません。
私がこれまで仕事をしてきて思うのは、日本の特徴として諸外国と比べていわゆる「法律周辺資格」が多いということが挙げられるのではないかと思います。
日本の場合、例えば弁理士、行政書士、司法書士、社会保険労務士など、様々な法律関係の資格がありますが、海外だとこれらの資格は個別に存在せず、各資格の業務をまとめて弁護士が行っている国が多いようです。
日本でも司法試験に合格すれば、弁理士、税理士、社会保険労務士、行政書士の登録が自動的に可能になります。また、司法書士の独占業務である登記なども、弁護士が代理可能です。司法試験は今でも非常に汎用性が高くて強い資格だというのは間違いなく、活かし方の問題だと思います。
弁護士人口が増えることによる「食えなくなる弁護士」の問題も、一時期よく話題になりましたが、現場としてはあまり感じませんし、気にしなくて大丈夫だと思います。
司法試験はあくまでスタートラインに立つための試験ですので、その先の仕事については、弁護士になってからの努力・研鑽にかかっています。弁護士は裁判書類の作成、法律に関する相談及び交渉、裁判の代理人など、法律に関する全ての業務を独占的に行うことが法律上認められている「強い」職業ですので、今でも仕事としては大変恵まれていると思います。
司法試験・予備試験から、弁護士を目指している方へ
今、学生又は社会人の方で、司法試験を受験して弁護士になるか迷われている方もいるかもしれません。
しかし、先にも述べたように弁護士が強い資格であることは変わりありませんし、法律知識をもって困っている人を助けるやりがいのある仕事です。
就職についても、大手法律事務所では近年弁護士の採用を増やしていたり、企業内弁護士の待遇も上がっているように思いますので、需要はむしろ増えていると感じます。
難関資格であることは間違いありませんが、ぜひ挑戦してほしいと思います。