日商簿記1級と公認会計士は、いずれも経理・会計に関する資格ですが、得られる仕事やキャリアには大きな違いがあります。
日商簿記1級は、簿記の資格としては最高レベルの難易度であり、経理・会計のスペシャリストであることを客観的に証明できる資格です。
日商簿記1級の合格者は、高度な会計処理や財務諸表の作成、経営分析などの領域で活躍が期待されます。
簿記の知識を基礎から体系的に学んでいるため、正確な会計処理が可能なほか、大企業の連結決算など複雑な処理に対応するための知識も備えています。
日商簿記1級を取得していれば、一般企業の経理・会計業務はスムーズに遂行できるでしょう。
関連記事:日商簿記1級の難易度や必要な勉強時間は?取得するメリットや科目別攻略法も紹介
公認会計士は、簿記と同じく会計の知識が問われるのはもちろん、監査論や企業法、租税法など、より幅広い知識が求められる資格です。
公認会計士の資格取得後には、監査法人において企業の財務諸表を監査し、正確性や適法性を保証する業務に就く人がほとんどです。
企業の「監査」は、公認会計士の独占業務にあたります。
しかし、監査法人で一定のキャリアを積み上げたあとの選択肢は人それぞれです。
国内外の大手監査法人やコンサルティングファームで専門性を磨く人や、企業内部で経理・会計業務、有価証券報告書の作成、内部監査の実施に携わる人がいます。
そのほか、独立・開業して個人で会計事務所を立ち上げるという選択肢もあります。
日商簿記1級と公認会計士は、ともに広く認知されている会計資格ですが、資格試験においてはさまざまな違いがあります。
ここでは、試験制度や学習範囲、難易度、必要な勉強時間の違いを見ていきましょう。
簿記1級 | 公認会計士 | |
受験資格 | なし | なし |
受験料 | 7,850円 | 19,500円 |
試験
スケジュール |
6月、11月 | ◆短答式
12月頃、5月頃
◆論文式 |
試験時間 | 商業簿記・会計学:90分
工業簿記・原価計算:90分 |
◆短答式
企業法、管理会計論、監査論:各60分
◆論文式 |
試験方式 | 記述式 | ◆短答式
マークシート方式
◆論文式 |
合格基準 | 4科目の合計点が70点以上、かつ1科目ごとの得点が40%以上 | ◆短答式
総点数の70%を基準として審査会が相当と認めた得点比率(ただし1科目でも得点比率が40%に満たない科目があり、答案提出者の下位から遡って 33%の人数に当たる者と同一の得点比率に満たない場合は、不合格となる可能性あり)
◆論文式 |
日商簿記1級は1度の試験で合否が決まりますが、公認会計士は短答式・論文式の2段階となっています。
公認会計士試験の論文式試験は、短答式試験の合格者のみが受験可能です。
短答式試験は、1度合格すれば2年間は免除となります。
論文式試験についても、1度合格した科目は2年間免除となる制度が導入されています。
日商簿記1級は商業簿記と工業簿記を範囲としますが、これは公認会計士試験における財務会計論と管理会計論に相当します。
公認会計士試験には、上記に加えて監査論や企業法、租税法、選択科目(経営学、経済学、民法、統計学から1科目)があるため、公認会計士のほうが圧倒的に学習範囲は広いといえます。
試験科目 | |
簿記1級 | 商業簿記・会計学
工業簿記・原価計算 |
公認会計士 | 【短答式試験】
財務会計論
【論文式試験】 |
日商簿記1級と公認会計士で重複する学習範囲を比べた場合においても、総論として公認会計士のほうが難しい問題が出題されると考えてよいでしょう。
計算問題では、公認会計士で出題される減損やリースなどの問題が簿記1級でも出題されます。
しかし、簿記1級の場合は商品売買や帳簿に関する問題など基本的なものも含まれるため、比較的難易度は抑えられています。
そして、理論問題ではさらに難易度の差が大きいといえるでしょう。
簿記1級では各論点の基本が問われるのに対し、公認会計士では難しい実務指針や現行の会計基準等の背景にある考え方まで問われることがあります。
あくまで一般論ではありますが、簿記1級の学習時間は「2級合格レベルの知識がある状態」かつ「講座などで効率よく学習する」という前提で400~600時間といわれています。
簿記2級合格までの時間をプラスすると、550~900時間程度と考えられます。
関連記事:簿記合格に必要な勉強時間とは|3級・2級・1級それぞれの難易度とあわせて解説
一方、公認会計士の学習時間は一般的に3,000〜5,000時間程度といわれています。
公認会計士のほうが圧倒的に学習範囲が広いため、必要な勉強時間に差があるのは当然です。
これから資格取得を目指すなら、「十分な勉強時間を確保できるか」は冷静に見極める必要があります。
※合格までの勉強時間には個人差があります。
ここでは、日商簿記1級の特徴や取得のメリットについて解説します。
簿記1級は簿記の最上位資格です。
国内企業の経理業務に幅広く対応するのはもちろん、会計基準や会社法、財務諸表等規則などの企業会計に関する法規まで理解し、単なる経理処理だけでなく、経営管理や経営分析ができるレベルが求められます。
大企業では、通常と異なるビジネスモデルを複数持っていたり、製造・販売・流通をつなぐ大規模なサプライチェーンを構築していたりする場合があります。
また、海外との取引や海外支店の活用により、複雑な会計処理が求められることも少なくありません。
簿記3級では小規模会社の商業簿記のみ、簿記2級では3級より広い範囲の商業簿記と、工業簿記の基本的な内容が出題範囲とされます。
簿記1級では大規模企業での会計処理を含む、簿記に関する幅広い内容が問われるのです。
関連記事:日商簿記各級(初級・3級・2級・1級)の違いは?試験の概要や日程、合格率を紹介!
簿記1級保持者になると、単に複雑な経理処理ができるだけではありません。
簿記1級は計算スキルや処理ルールだけでなく、本質的な理由や仕組みを理解する必要がある試験になっています。
したがって、「経理処理の結果として出てきた財務諸表を読み解く」「投資判断を合理的に説明する」など、経営者並みの管理・分析ができるようになります。
上記のようなスキルを身につけることで、社内で高度な経営分析に関わったり、ビジネス上の意思決定に対して適切な提案や進言ができるようになったりするため、キャリアアップにつながるでしょう。
実質的なメリットとして、簿記1級に合格すると税理士の受験資格が得られます。
税理士試験は、学識・資格・職歴・認定という4種類のいずれかの要件を満たさなければ受験できません。
日商簿記1級と全経上級合格者(昭和58年度以降の合格)には、資格要件によって税理士試験の受験資格が与えられます。
将来的に税理士を目指しているが受験資格がないという方には、簿記1級合格は選択肢の1つです。
ただし、簿記1級自体が難易度の高い試験であるため、税理士合格までに必要な期間はしっかり見極める必要があります。
(参考)日商簿記1級の試験は、税理士試験の簿財2科目より内容が濃いともいわれています。
したがって簿記1級に合格してから税理士を目指すと、簿財の対策にかかる負担が大幅に減ります。
さらに法人税や消費税などの税法科目でも簿記1級の知識が大いに役立つため、純粋な「簿記1級の学習時間+税理士の学習時間」より大幅に短くなると思っておいてよいでしょう。
関連記事:日商簿記1級の難易度とは?税理士(簿記論)やその他の資格と比較解説!
続いて、公認会計士の特徴やメリットについて解説します。
監査業務とは、企業の決算書を独立した第三者の立場でチェックし、その内容について専門家としての意見を表明することです。
株主やステークホルダーにとって、決算書や財務諸表が正しいということは非常に重要です。
経営者の都合で内容が歪められていないかを専門家にチェックしてもらい、正しい状態であることを確認する手段として会計監査という制度が設けられています。
公認会計士は、監査業務を通じて情報の信頼性を担保し、会社の公正な事業活動および投資家・債権者の保護、国民経済の健全な発展に寄与しています。
税理士と違い、公認会計士には受験資格が定められていません。
年齢や学歴、国籍にかかわらず、誰でも受験できます。
年2回(12月および5月)に実施される短答式試験のいずれかに合格(短答式試験免除制度あり)し、年1回(8月)の論文式試験を受験します。
論文式試験に合格すれば、公認会計士試験の合格証書が授与されます。
公認会計士資格を取得すると、税理士として登録することで税理士業務を行うことが可能になります。(※自動的に税理士登録されるわけでなく、自身で登録申請をして審査を受ける必要があります)
税理士登録のメリットとしては、公認会計士の業務に加えて税務対応ができるようになり、特に独立開業の際などに仕事の幅が広がり、収入を得やすくなる点が挙げられます。
税理士業務で間口を広げ、監査業務の提供という差別化によって仕事を拡大していくといった活用が可能です。
ここでは、日商簿記1級と公認会計士に関してのよくある質問として以下の4つに回答します。
前述の通り、公認会計士試験の受験資格に国籍・年齢・学歴などの制限はなく、誰でも受験できます。
つまり、公認会計士を受験するのに、簿記1級の合格は不要です。
ただし、学習内容が一部重複するため、簿記1級を持っていることで公認会計士試験の学習をスムーズに進められるという面はあります。
なお、税理士試験は日商簿記1級合格によって受験資格が得られます。
簿記1級に合格しても、公認会計士試験の一部が免除されるという事実はありません。
公認会計士試験は、専門的な知識や技術を問う高度な試験であり、簿記1級の範囲を超えた幅広い知識と応用力が問われます。
簿記1級に合格してから公認会計士を目指すメリットとしては、おもに以下の2点が挙げられます。
簿記1級と公認会計士試験は、一部の科目で内容が重複しています。
具体的には、公認会計士試験の財務会計論と管理会計論は、日商簿記1級の商業簿記・工業簿記の範囲をおおむねカバーしています。
公認会計士のほうが試験範囲は広いものの、日商簿記1級に合格することで基礎的な知識を身につけることが可能です。
そのため、簿記1級の知識を習得することが公認会計士試験の対策にもつながります。
また、公認会計士試験は合格難易度がきわめて高いため、まずは日商簿記1級の取得を目指すというのも1つの選択肢です。
就職や転職のタイミングが近い場合は、日商簿記1級のほうが短い勉強期間で取得できる可能性が高く、合格すれば自身のアピールに使えるでしょう。
日商簿記1級と公認会計士はそれぞれ特徴が異なるため、どちらを目指すべきかは人によって異なります。
簿記1級は比較的短期間で取得できることや、会計の基礎的な知識を身につけられることが魅力です。
キャリアアップを目的として簿記知識を身につけたい場合や、複雑な会計処理が必要とされる上場企業の経理部門で働きたい場合は、日商簿記1級の合格を目指すのがおすすめです。
一方、公認会計士は監査業務に対応するための幅広い知識を必要とする資格であり、難易度が高く、取得には時間と労力がかかります。
将来的に監査業務を行いたい場合や、監査法人で働きたい場合は、公認会計士を目指すのがよいでしょう。
日商簿記1級を取得してから公認会計士を目指すことも可能なため、まずは簿記1級の取得を目指すというのも1つの選択肢です。
簿記の基礎知識はどちらの資格にも共通して必要なため、学習した内容がムダになることはないでしょう。
本記事では、簿記1級と公認会計士の違いについてさまざまな角度から紹介しました。
ポイントをまとめると、以下の通りです。
日商簿記1級は、経理・会計のスペシャリストとして広く認知されており、就職や転職、キャリアアップにつながる資格です。
「監査業務に強い興味はないが、経理・会計の領域で働きたい」という方には、公認会計士よりも日商簿記1級のほうが適しているといえるでしょう。
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