ITストラテジストは、システム開発における超上流工程で活躍する、エンジニア系の上級職です。現代のビジネスシーンでは、業界・業種を問わずあらゆる企業で適切なIT戦略の立案が欠かせません。
ITストラテジストは、企業戦略に基づいて経営課題を抽出し、ITの活用による解決策を提示する専門家です。一般的なIT知識に加えてクライアント企業の業務に対する理解や、ディザスタリカバリ(災害復旧)の知識などが要求されます。
また、経済産業省認定の同名の国家資格を指してITストラテジストと呼ぶケースもあります。ITストラテジストは、資格を保有していない場合でも職務に従事することが可能です。しかし、市場におけるニーズの高まりを受けて、自身のスキルを証明し働き方の選択肢を増やす目的で試験に挑む方が増えています。
中小企業診断士は、企業の経営状況に関する調査・分析を行い、経営改善の提案を行うコンサルタント職です。多角的な視点から企業を診断し、適切なアドバイスを行う人材として、あらゆる企業でニーズが高まっています。
「中小企業」という名称は、中小企業支援法に基づき資格が創設された経緯から付けられたものであり、中小企業以外にも活躍の場は広がっています。実際、大企業に勤める方がキャリアアップを目的として資格取得を目指すケースも少なくありません。
一般的なコンサルティング業務に資格は必要ありませんが、中小企業診断士を名乗るには同名の国家資格が必要です。経営コンサルタント唯一の国家資格として、経営に関する幅広い知見を持った人材であることを証明できます。
ITストラテジストと中小企業診断士は、両方の合格を目指す方も多い資格です。そこでこちらでは、両者をさまざまな観点から比較します。
ITストラテジストと中小企業診断士は、どちらも難関の資格として知られています。まずITストラテジストは、「上級システムアドミニストレータ試験」と「システムアナリスト試験」の2つを組み合わせて創設されました。それぞれは以前の試験区分で最難関の試験とされており、それらをベースにしたITストラテジストも高い難易度の試験となっています。
また、ITストラテジストは、経済産業省が管轄する情報処理技術者試験のうち「高度情報処理技術者試験」に分類されており、合格には高い専門性が求められます。その分試験の難易度も高く、簡単に取得できる資格ではありません。
一方、中小企業診断士は、経営戦略に関連する幅広い知識が問われる難関の試験です。第1次試験と第2次試験に分かれており、ITストラテジストとは異なり、短答式や筆記式だけでなく口述式の試験がある点が特徴です。
両試験の難易度について、合格率の推移から比較してみましょう。
ITストラテジスト試験 |
中小企業診断士 第1次試験(A) |
中小企業診断士 第2次試験(B) |
|
2015年度 |
14.6% |
26.0% |
19.1% |
2016年度 |
14.0% |
17.7% |
19.2% |
2017年度 |
14.7% |
21.7% |
19.4% |
2018年度 |
14.3% |
23.5% |
18.8% |
2019年度 |
15.4% |
30.2% |
18.3% |
2020年度 |
ー |
42.5% |
18.4% |
2021年度 |
15.3% |
36.4% |
18.3% |
(注)ITストラテジストの2020年度試験は、新型コロナウイルス感染症の影響で中止になりました。
上記の表を確認すると、中小企業診断士試験のほうが簡単に見えるかもしれません。しかし、中小企業診断士の合格には第1次試験と第2次試験の合格が必要です。表を参考にストレートで合格した方の割合(A×B)を算出すると4〜5%前後となるため、1年で合格する難易度は、中小企業診断士のほうが高いといえるでしょう。
なお、中小企業診断士試験では、第1次試験と第2次試験に同時合格する必要はありません。第1次試験に合格すると翌年は同試験が免除される制度や、科目合格制度が用意されているため、それらを活用して複数年での合格を目指す方が多い傾向にあります。
【出典】「情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士試験 推移表(平成21年度春期以降)」(IPA 情報処理推進機構)
https://www.ipa.go.jp/shiken/reports/hjuojm000000ll0f-att/suii_hyo.pdf
【出典】「中小企業診断士試験」(一般社団法人 中小企業診断協会)
https://www.j-smeca.jp/contents/007_shiken.html
合格に必要な勉強時間は、個人の能力や実務経験の有無によって変わってくるため、一概にはいえません。どちらの試験も難易度が高く、幅広い知識を問われることから、長期スパンで学習計画を立て、コツコツと勉強を進めていくことが求められます。
ITストラテジストの場合、実務経験者の勉強時間の目安は200時間前後で、3カ月〜半年程度の準備期間を経て合格している方が多いようです。ITストラテジスト試験は例年4月第3週の日曜日に実施されているため、前年の夏から秋には勉強をスタートさせる必要があるでしょう。
一方、中小企業診断士の場合、実務経験者でも1,000時間程度の準備期間を確保して合格する方が多いようです。仕事をしながら資格取得を目指す方などは、最低でも1年ほど勉強期間を見積もっておいたほうが良いでしょう。
両者の勉強時間の差は、難易度だけでなく試験の仕組みの違いが影響していると考えられます。ITストラテジスト試験は「午前Ⅰ」「午前Ⅱ」「午後Ⅰ」「午後Ⅱ」の4つで構成されており、択一式や記述、論述などの出題形式がありますが、基本的にどれも筆記試験です。
一方、中小企業診断士試験には筆記試験に加えて口述試験があり、書く能力だけでなく伝える能力が要求されます。対策方法も大きく変わってくるため、十分な勉強時間を確保する必要があります。
ITストラテジストと中小企業診断士は、どちらも市場価値の高い資格です。市場価値は、主に「専門性」「スキル」「経験」「実績」「再現性」の5つの要素で決まるとされています。このうち、ITストラテジストや中小企業診断士の資格を取得していれば、高い専門性やスキルを習得していることが証明されます。あとは経験や実績を積み重ねることで、さらに市場価値を高められるはずです。
ITストラテジストの業務内容は、IT技術を活用した企業の経営改革のサポートです。現代の企業は、コスト面や業務効率、収益性などさまざまな課題に直面しています。
ITストラテジストはそうした企業課題をITの専門家の視点から分析し、改善策を立案する役割を担っています。必要に応じてシステム開発計画などを策定し、プロジェクトの立ち上げや実行までを幅広く統括する人材です。
一方、中小企業診断士は、経営者が抱える経営課題について共通認識を持ち、経営改善計画書や経営診断書の作成を通して解決に向けたアクションを考えます。経営課題の解決という目的はITストラテジストと共通していますが、より経営に関する専門知識に長け、IT技術の活用に限らず幅広い解決策を提示するのが中小企業診断士です。
ITストラテジストと中小企業診断士は、試験で求められる知識や企業に対する向き合い方が一部類似しているため、ダブルライセンスを検討する方も多くいます。ダブルライセンスとは、複数の資格を組み合わせて取得することです。こちらでは、ITストラテジストと中小企業診断士のダブルライセンスを目指すメリットと注意点をご紹介します。
ダブルライセンスのメリットは、主に以下の3つです。
ITストラテジストや中小企業診断士の両方の資格を取得している方の数は、それほど多くありません。そのため、転職市場でほかの求職者と差別化を図ることができ、より良い条件を勝ち取りやすくなります。
また、それぞれの資格を保有していると、転職先の選択肢が広がるのもメリットです。ITストラテジストはIT企業やIT系のコンサルティングファーム、中小企業診断士はコンサル会社や中小企業支援機関などで重宝されます。そのため、自分が理想とするキャリアパスに応じて、転職先を選びやすくなるでしょう。
ITストラテジストはITを活用した情報戦略のスペシャリストであり、中小企業診断士は経営戦略におけるゼネラリストです。中小企業診断士の経営戦略に関する広範な知識に、ITストラテジストの高い専門性を組み合わせることで、より多角的な視点から企業をサポートできるようになります。企業課題に対してより的確なアプローチが可能になり、クライアントからの評価が高まりやすくなるでしょう。
ダブルライセンスを目指す場合は、試験勉強のスケジュール管理に注意しましょう。ITストラテジスト試験は4月、中小企業診断士試験は第1次試験が8月、第2次試験が10・12月に行われます。そのため、スケジュール上は1年で両方の試験に合格することが可能です。
しかし、前述の通り両試験は難易度が高く、出題範囲も多岐にわたることから、勉強の計画はゆとりを持って立てておくのが望ましいでしょう。無理に同時合格を狙った結果、試験対策がおろそかになると、どちらも合格できなくなってしまう可能性があります。一部試験の免除制度などをうまく活用しながら、複数年でのダブルライセンスを目指しましょう。
今回は、ITストラテジストと中小企業診断士の違いやダブルライセンスのメリット、注意点などをお伝えしました。ITストラテジストと中小企業診断士は、どちらも企業課題の解決に尽力する、現代のビジネスシーンに欠かせない人材です。自身が所属する業界・業種や、今後のキャリアパスに応じて資格取得を目指してみてはいかがでしょうか。