約束手形の流通に関する次のアからオまでの各記述のうち,判例の趣旨に照らし誤っているものを組み合わせたものは,後記1から5までのうちどれか。
ア.Aが商取引の裏付けなく専ら手形を利用してBに金融を得させることを目的としてBに手形を振り出した場合において,BがCにこれを裏書譲渡したときは,Cがそのような手形振出しの目的を知ってその手形を取得したときでも,Aは,そのことを理由として,Cに対して手形金の支払を拒むことができない。
イ.手形を善意取得した者は,その手形について除権決定があったときは,その手形に表章された手形上の権利を失う。
ウ.AがBに振り出した手形が白地手形であって,Bが白地の補充をしないままこれをCに裏書譲渡した場合において,CがA・B間であらかじめされた白地の補充に関する合意と異なる補充をしたときは,Cが善意でかつ重大な過失がないときでも,Aは,その白地の補充に関する合意に反することをもってCに対抗することができる。
エ.手形の裏書欄の記載事項のうち被裏書人欄の記載のみが抹消されたときは,その裏書は,裏書の連続の関係では,白地式裏書となる。
オ.AがBに振り出した手形をBがCに裏書譲渡し,これをCが更にDに裏書譲渡した場合において,AがBに対する人的抗弁を善意のCに対して対抗することができないときは,Dがその人的抗弁の存在を知ってその手形を取得したときでも,Aは,Dに対してその人的抗弁を対抗することができない。
1.ア イ 2.ア オ 3.イ ウ 4.ウ エ 5.エ オ
解答:3
ア 正しい
金融を得させることを目的として振り出した手形は融通手形と呼ばれます。この場合、融通者(振出人)と非融通者(受取人)との間の合意を理由に被融通者からの請求を拒むことはできる場合がありますが、「その手形が利用されて被融通者以外の人の手に渡り、その者が手形所持人として支払いを求めて来た場合には、手形振出人として手形上の責任を負わなければならないこと当然であり、融通手形であるの故をもつて、支払いを拒絶することはできない。」とされています(最判S34.7.14)。
また、同判例は、「手形振出人になんら手形上の責任を負わせない等当事者間の特段の合意があり所持人がかゝる合意の存在を知つて手形を取得したような場合は格別、その手形所持人が単に原判示のような融通手形であることを知つていたと否とにより異るところはない」として、融通手形であることを知って手形を取得したに過ぎない場合は、振出人は支払いを拒むことができないとしています。
したがって、Aが融通手形としてBに手形を振り出したことを、Cが知っていたとしても、Aはそのことを理由としてCに対して手形金の支払いを拒むことはできません。よって、記述アは正しいといえます。
イ 誤り
判例(最判H13.1.25)は、「手形に関する除権判決の効果は、当該手形を無効とし、除権判決申立人に当該手形を所持するのと同一の地位を回復させるにとどまるものであって、上記申立人が実質上手形権利者であることを確定するものではない」としたうえで、「手形が善意取得されたときは、当該手形の従前の所持人は、その時点で手形上の権利を喪失するから、その後に除権判決の言渡しを受けても、当該手形を所持するのと同一の地位を回復するにとどまり、手形上の権利までをも回復するものではなく、手形上の権利は善意取得者に帰属する」とし、善意取得者の保護を認めています。
したがって、記述イは、手形の善意取得者の手形上の権利が、除権決定によって失われるとしている点で誤っています。
ウ 誤り
手形法10条本文は「未完成ニテ振出シタル為替手形ニ予メ為シタル合意ト異ル補充ヲ為シタル場合ニ於テハ其ノ違反ハ之ヲ以テ所持人ニ対抗スルコトヲ得ズ」と定めています。これは本来的には、白地手形として振り出され、その後合意と異なる補充がされ、さらにその後、補充がされた状態の手形を取得した者を保護するための規定と解されています。
そこで、白地手形のまま流通され、所持人が、振出人と受取人との間でなされた合意と異なる補充をした場合の有効性について問題となりました。
判例は、同規定は「既に合意と異る補充のされている手形を悪意又は重大な過失なくして取得した所持人に対する場合のみならず、悪意又は重大な過失なくして白地手形を取得した上、予めなされている合意と異る補充を自らした所持人に対する場合にも、適用あるものと解する」としました(最判S41.11.10)。
この判例の趣旨によると、Cは、AB間の合意と異なる補充をしていますが、Cが善意でかつ重大な過失がないとき、振出人Aは、合意違反をCに対抗できないことになります。したがって、記述ウは誤っています。
エ 正しい
判例は、「約束手形の裏書欄の記載事項のうち被裏書人欄の記載のみが抹消された場合、当該裏書は、手形法七七条一項一号において準用する同法一六条一項の裏書の連続の関係においては、所持人において右抹消が権限のある者によつてされたことを証明するまでもなく、白地式裏書となると解する」としています(最判S61.7.18)。
したがって、記述エは正しいといえます。
オ 正しい
判例は、「手形法一七条但書は、手形債務者が手形所持人の前者に対し人的抗弁をもつて対抗しえた場合に、手形所持人が害意をもつて手形を取得したときは、これに対しても右人的抗弁をもつて対抗しうる旨の規定であつて、手形所持人の前者が善意であるため、手形債務者がこれに対し人的抗弁を対抗しえない場合においても、その前者の地位を承継し手形所持人に対しその悪意を云為して右人的抗弁の対抗を許すものと解すべきではない。」としています(最判S37.5.1)。すなわち、流通過程に一度善意者が介在し、人的抗弁の切断があった場合、その後の取得者に対し、振出人は人的抗弁を対抗できないことになります。
この判例の趣旨によると、Aは、Bに対する人的抗弁を善意のCに対して対抗することができないとき、もはやその後の取得者であるDに対しても、人的抗弁を対抗することができないことになります。
したがって、記述オは正しいといえます。