次の【事例】について述べた後記アからオまでの【記述】のうち,正しいものの組合せは,後記1から5までのうちどれか。ただし,判例がある場合には,それに照らして考えるものとする。
【事例】
司法巡査は,「路上で人がバットで殴られている。」旨の110番通報に基づき,事件現場に急行したところ,現場到着時に犯人が逃走していたことから,傷害を負った被害者から被害状況や犯人の服装・体格等を聴取し,犯人の探索を開始した。司法巡査は,事件発生の約30分後に事件現場から約500メートル離れた路上において,被害者が供述した犯人の服装・体格と一致する人物甲がバットを持って歩いているのを認め,甲に「ちょっと待って。」と声を掛けて停止を求めた。すると,甲が直ちに逃走を開始したため,司法巡査は甲を追跡し,甲を傷害罪の準現行犯人として逮捕した。甲は,逮捕翌日に,傷害罪により検察官に送致された。
【記述】
ア.司法巡査は,甲を準現行犯人として逮捕するに当たり,甲に逮捕の理由を告げなければならない。
イ.甲が司法巡査から「ちょっと待って。」と声を掛けられて直ちに逃走を開始したことは,「誰何されて逃走しようとするとき。」(刑事訴訟法第212条第2項第4号)に該当する。
ウ.甲の逮捕後,勾留請求前の時点で本件が強盗目的で敢行されたと疑うに足りる相当な理由が生じた場合には,検察官は,強盗致傷罪で勾留を請求することが可能である。
エ.甲を傷害罪で勾留した後,本件が強盗目的で敢行された疑いが生じた場合であっても,強盗目的であったことの捜査のために勾留期間を延長することは許されない。
オ.甲を傷害罪で勾留した後,甲が「強盗目的で事件を起こした。」旨供述した場合には,傷害罪による勾留中に強盗致傷罪で逮捕しても適法である。
1.ア ウ 2.ア オ 3.イ ウ 4.イ エ 5.エ オ
解答:3
ア 誤り
司法巡査が準現行犯人を逮捕した場合、被疑者を司法警察員に引致しなければなりません(216条、202条)。そして、被疑者を受け取った司法警察員が、犯罪事実の要旨を告げることになります(203条1項)。
したがって、記述アは、司法巡査が逮捕の理由を告げなければならないとしている点で誤っています。
イ 正しい
誰何(212条2項4号)とは、一般的には、誰であるか、何をしているのかと問いただすことをいいますが、判例は、「警察官が犯人と思われる者達を懐中電灯で照らし、同人らに向つて警笛を鳴らしたのに対し、相手方がこれによつて警察官と知つて逃走しようとしたときは、口頭で「たれか」と問わないでも、同条項四号にいう「誰何されて逃走しようとするとき」にあたる」としています(最決S42.9.13)。
この判例の趣旨からすると、甲が司法巡査から「ちょっと待って。」と声を掛けられて直ちに逃走を開始したことは、「誰何されて逃走しようとするとき。」に該当するといえます。
したがって、記述イは正しいといえます。
ウ 正しい
勾留を請求するには、適法な逮捕が先行している必要があります(207条1項、逮捕前置主義)。そして、逮捕時と、勾留請求時の被疑事実の罪名が異なっていても、被疑事実が同一であるといえるのであれば、適法な逮捕が先行しているといえます。
甲は傷害罪で逮捕され、強盗致傷罪とでは強盗目的という点で異なるのみであり、被疑事実自体は同一であるといえます。そのため、強盗致傷罪で勾留を請求したとしても、適法な逮捕が先行しているといえます。
したがって、記述ウは正しいといえます。
エ 誤り
208条は、やむを得ない事由があるとき、勾留期間の延長を認めています。やむを得ない事由があるとは、①捜査を継続しなければ検察官が事件を処分できないこと、②10日間の勾留期間内に捜査を尽くせなかったと認められること、③勾留を延長すれば捜査の障害が取り除かれる見込みがあることの要件を満たすことなどと解されています。
甲を傷害罪で勾留した後に強盗目的である疑いが生じた場合、これらの要件を満たす可能性があります。強盗目的についての捜査は記述ウの解説のとおり、被疑事実自体は同一であるため、勾留延長の判断において考慮することができます。
したがって、強盗目的であったことの捜査のために勾留期間を延長することが許されないとはいえず、記述エは誤っています。
オ 誤り
法が、身柄拘束について厳格な時間制限を設けていることから、一罪一逮捕一勾留の原則が導かれます。
甲の傷害罪での勾留と、強盗致傷罪とは、記述ウの解説のとおり、被疑事実が同一であるといえるため、強盗致傷罪で逮捕をすると、一罪一逮捕一勾留の原則に反することになります。
したがって、そのような逮捕は原則として違法であるので、記述オは誤っています。