次の【事例】及び【判旨】に関する後記1から5までの各【記述】のうち,正しいものはどれか。
【事例】
スキューバダイビングの潜水指導者である被告人は,夜間,指導補助者としての経験が極めて浅く夜間潜水の経験も数回の指導補助者と,潜水経験に乏しく技術が未熟で夜間潜水の経験のない受講生を連れて,夜間潜水の講習指導を開始した。被告人は,指導補助者及び受講生と共に潜水を開始し,途中,魚を捕えて受講生に見せた後,再び移動を開始したが,その際,指導補助者と受講生がそのまま自分に付いてくるものと考え,指導補助者に特別の指示を与えることなく,後方を確認しないまま前進した。この間,指導補助者と受講生は,魚の動きに気をとられて被告人の移動に気付かず,海流によって沖に流された。これにより,被告人は指導補助者と受講生を見失い,他方,指導補助者は被告人を探して沖に向かって数十メートル水中移動を行い,受講生もこれに追随した。指導補助者は,受講生の圧縮空気タンク内の空気量が少なくなっていることを確認して一旦海上に浮上したものの,風波のため水面移動が困難であると判断し,受講生に再び水中移動を指示した。これに従った受講生は,自分の空気量を確認しないまま水中移動を続けたため,途中で空気を使い果たしてしまい,パニック状態に陥り,自ら適切な措置を採ることができないまま,でき死するに至った。
【判旨】
被告人が,夜間潜水の講習指導中,受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らのそばから離れ,同人らを見失うに至った行為は,それ自体が,指導者からの適切な指示,誘導がなければ事態に適応した措置を講ずることができないおそれがあった受講生をして,海中で空気を使い果たし,ひいては適切な措置を講ずることもできないままに,でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり,被告人を見失った後の指導補助者及び受講生に適切を欠く行動があったことは否定できないが,それは被告人の上記行為から誘発されたものであって,被告人の行為と受講生の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げないというべきである。
【記述】
1.【判旨】は,行為時に一般人が認識・予見が可能であった事情及び行為者が特に認識・予見していた事情を考慮して因果関係の有無を判断する見解に立つことを示している。
2.【判旨】は,被告人の行為と結果発生との間の因果関係の有無を判断するに際し,その間に介在した被害者である受講生の行動と被告人の行為との関係を考慮していない。
3.【判旨】は,被告人の行為の危険性が結果へと現実化したか否かによって,被告人の行為と結果発生との間の因果関係の有無を判断したものと理解することができる。
4.【判旨】は,被告人の行為と結果発生との間に条件関係が認められれば,因果関係を肯定することを示している。
5.【判旨】は,被告人の行為が結果発生の危険性を有するものである場合には,第三者である指導補助者の適切を欠くどのような行為が介在したとしても,その行為は被告人の行為により誘発されたことになるとしている。
解答:3
最決平成4年12月17日を題材とした設問です。
1 誤り
記述1は、因果関係の有無を判断する際に、どのような事情を考慮するのか(=判断基底の問題)についてのいわゆる折衷説を述べるものですが、判旨は判断基底の問題については触れていません。したがって、記述1は誤りです。
2 誤り
判旨は被告人の受講生(被害者)のそばから離れる行為の危険性にも触れつつ、「受講生に適切を欠く行動があったことは否定できないが」と述べたうえで「因果関係を肯定するに妨げない」としています。そのため、被害者の行動と被告人の行為との関係を考慮したうえで因果関係の有無の判断をしているといえます。したがって、記述2は誤りです。
3 正しい
判旨は、被告人の行為を、「・・・でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つもの」と認定しています。そして、介在した指導補助者及び被害者の行為については、適切でなかったものの、被告人の上記危険性を有する行為から「誘発されたもの」と認定しています。そのうえで、被告人の行為と結果発生との間の因果関係を認めています。これらのことからすると、判旨は、被告人の行為が有していた危険性(介在事情を誘発させたことも含む)が、結果へと現実化したことをもって因果関係を認めたものといえます。
したがって、記述3は正しいといえます。
4 誤り
記述4は「あれなければこれなし」という条件関係が認められれば因果関係も認められるという条件説の見解を述べるものですが、判旨が、被告人の行為の危険性を認定したうえで、被害者らの行動も被告人の行為から誘発されたと認定していることからすれば、条件説を採るものではないといえます。したがって、記述4は誤りです。
5 誤り
判旨は、あくまでも指導補助者の行動に適切を欠く行動があったと認定していますが、これは被告人の行為から「誘発されたものであって」「因果関係を肯定するに妨げない」としています。すなわち、指導補助者のどのような行為が介在したとしてもその行為が被告人の行為により誘発されたことになるとは述べていません。したがって、記述5は誤りです。