正当防衛に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討し,誤っているものを2個選びなさい。
1.正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは,予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないが,単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは,侵害の急迫性の要件を欠く結果,そのような侵害に対する反撃行為に正当防衛が認められることはない。
2.憎悪や怒りの念を抱いて侵害者に対する反撃行為に及んだ場合には,防衛の意思を欠く結果,防衛のための行為と認められることはない。
3.相手からの侵害が,それに先立つ自らの攻撃によって触発されたものである場合には,不正の行為により自ら侵害を招いたことになるから,相手からの侵害が急迫性を欠く結果,これに対する反撃行為に正当防衛が認められることはない。
4.刑法第36条にいう「権利」には,生命,身体,自由のみならず名誉や財産といった個人的法益が含まれるので,自己の財産権への侵害に対して相手の身体の安全を侵害する反撃行為に及んでも正当防衛となり得る。
5.正当防衛における「やむを得ずにした」とは,急迫不正の侵害に対する反撃行為が,自己又は他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること,すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味し,反撃行為が防衛手段として相当性を有する以上,その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても,その反撃行為が正当防衛でなくなるものではない。
解答:2,3
1 正しい
判例は、記述のとおり示し、予期された侵害を利用し積極的に加害行為をする意思の臨んだ場合には、急迫性の要件を欠くとしています(最決昭和52年7月21日)。したがって、設問は正しいといえます。
2 誤り
最高裁は、攻撃の意思と防衛の意思とが併存し、そのような場合であっても防衛の意思が認められる場合があることを認めています(最判昭和46年11月16日,最判昭和60年9月12日)。したがって、設問のように憎悪や怒りの念を抱いて反撃行為に及んだとしても、防衛の意思を必ず欠くとはいえず、防衛のための行為と認められることもあるため、設問は誤っています。
3 誤り
最高裁は、不正の行為により自ら侵害を招いたものであっても、「Vの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」正当防衛は成立しないとしています(最決平成20年5月20日)。そうすると、反撃行為に正当防衛が成立する余地を残しているものといえます。したがって、設問は誤っているといえます。
4 正しい
36条にいう「権利」には、生命、身体、自由のみならず名誉や財産といった個人的法益が含まれると解されており、判例も、主として財産的権利を防衛するために侵害者へ暴行した事例において正当防衛を認めています(最判平成21年7月16日)。したがって、設問は正しいといえます。
5 正しい
最高裁は、被害者が被告人の指を掴んでねじ上げたのに対し、被告人がこれを振りほどこうとして被害者の胸の辺りを一回強く突き飛ばした結果、被害者が仰向けに倒れて自動車のバンパーに後頭部を打ち付け、治療45日を要する頭部打撲症の傷害を負わせたという事例において、設問のとおりに述べて、傷害の結果の大きさから過剰防衛であるとした原判決を破棄し、差し戻しています(最判昭和44年12月4日)。したがって、設問は正しいといえます。