2025/09/04
先週からの続きです。
今回は自然科学の本を3冊紹介します。ただし、技術士試験も科学技術が範囲ですから、今回から紹介する本は1回1冊、3回で3冊を御紹介します。
「盲目の時計職人」:リチャード・ドーキンス
「ガリレオの指」:ピーター・アトキンス
「失敗は予測できる」:中尾 政之
今回は、ピーター・W・アトキンス著『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』をご紹介します。
本書の旅は、生命の驚くべき複雑性を説明する「進化論」から始まります。生物の精巧な仕組みは、まるで知的な設計者の存在を思わせますが、ダーウィンの自然淘汰説は、設計者なしに複雑さが生まれるメカニズムを明らかにしました。それは、遺伝的な変異(ランダムな変化)と、環境への適応度に基づく非ランダムな選択(生存と繁殖)の繰り返しです。この単純なプロセスが、何十億年という時間をかけて積み重なることで、あたかも目的を持って設計されたかのような、生物の多様性が生まれてきたのです。
進化が生命の「なぜ」を説明するならば、DNAの理論はその「どのように」を分子レベルで解き明かします。DNAは生命の遺伝情報をデジタルコードとして記録する巨大な分子です。この分子構造の中に、生物を組み立て、維持するためのすべての指示が書き込まれています。DNAは親から子へと正確に情報を伝える「遺伝」の媒体であると同時に、一つの受精卵が複雑な個体へと発生していくための「発生」のプログラムでもあります。進化とは、このDNAというテキストに生じるわずかな誤植(突然変異)が、自然淘汰によって選別されていくプロセスにほかなりません。
物理的世界の根幹をなすのが「エネルギー」の概念です。熱力学第一法則、すなわちエネルギー保存則は、エネルギーが姿を変えることはあっても、無から生じたり消え去ったりすることはないと定めています。エネルギーは宇宙における変化の普遍的な通貨であり、あらゆる物理的・化学的プロセスを駆動します。この法則は、永久機関が決して実現できない理由を説明し、宇宙全体のエネルギー総量が一定であることを示しています。
エネルギーが変化の「能力」を示すのに対し、「エントロピー」は変化が「なぜ」特定の方向に進むのかを説明します。熱力学第二法則によれば、孤立した系ではエントロピー(無秩序の度合い)は常に増大する方向にしか進みません。エネルギーは集中した状態から拡散した状態へと自然に移行し、この不可逆的なプロセスが私たちが経験する「時間の矢」を生み出しています。ミルクがコーヒーに混ざることはあっても、混ざったミルクコーヒーが自然に分離することはないのは、この法則のためです。
世界を構成する物質の基本単位は「原子」であるという考えは古代ギリシャに起源を持ちますが、現代科学によって確固たる事実となりました。すべての物質は有限種類の原子が化学結合によって様々に組み合わさってできており、物質の多様な性質は、この原子の組み合わせと配置によって決まります。この原子論は化学という学問全体の土台であり、私たちが目にする世界のあらゆる物質的な側面を理解するための出発点です。
「対称性」は単なる幾何学的な美しさだけでなく、物理法則の根底に横たわる深遠な原理です。物理法則が場所によらず同じである(空間並進対称性)という事実は運動量の保存則を導き出します。同様に、法則が時間によらず不変である(時間並進対称性)ことはエネルギーの保存則に対応します。このように、自然界の基本的な保存則は根源的な対称性の現れであり、物理学者は新たな法則を探求する際に、この対称性の原理を強力な指針としています。
原子の世界を支配するのは、我々の日常的な直感とは全く異なる「量子論」の法則です。ミクロの世界では、エネルギーは連続的ではなく、とびとびの値(量子)しかとれません。また、電子のような粒子は、波と粒子の二重性を持つなど、奇妙な振る舞いを見せます 。この量子論こそが、原子がなぜ安定して存在できるのか、そして物質がなぜ固いのかといった根源的な問いに答えを与え、現代の半導体技術やレーザー技術を支える理論的基盤となっています。
科学の目は、地球上の生命や物質だけでなく、宇宙全体へと向けられます 。現代の「宇宙論」によれば、我々の宇宙は約138億年前に「ビッグバン」と呼ばれる超高温・超高密度の状態から始まり、以来、膨張と冷却を続けてきたということです 。宇宙背景放射の観測や、遠方の銀河の後退といった証拠がこのモデルを強力に支持しています 。宇宙論は、星や銀河がどのように形成され、我々が存在するこの世界がどのようにして生まれたのかという壮大な物語を描き出します 。
アインシュタインの相対性理論は、空間と時間に対する我々の認識を根本から覆しました 。空間と時間は独立したものではなく、互いに織り合わされた「時空」という4次元の連続体を形成しています 。そして、重力とは、ニュートンが考えたような遠隔的な力ではなく、質量やエネルギーの存在によってこの時空が歪んだ結果なのです 。この理論は、GPSの正確な運用に不可欠であるなど、現代社会にも深く関わっています 。
これら9つの理論を支える最も根源的なアイデア、それが「算術」、すなわち数学です 。自然界の深遠な法則が、驚くほど簡潔で美しい数式によって表現できるという事実は、宇宙が人間の理性によって理解可能であり、その構造が本質的に数学的であることを示唆しています 。数学は科学者が使う単なる道具ではなく、宇宙がそれ自体によって書かれている言語なのです 。
本書で提示された10の理論は、それぞれが科学の金字塔であると同時に、互いに深く結びつき、我々の存在についての壮大で合理的な世界像を構築しています 。アトキンスは、これらの科学的理解が、かつて神話や宗教が担っていた役割、すなわち「我々は何者で、どこから来て、どこへ行くのか」という根源的な問いに、より深く、より信頼できる答えを与えてくれると主張します 。
科学とは、世界を脱魔術化する冷たい営みではなく、宇宙の真の姿を解き明かすことで、知的な畏敬の念とこの上ない喜びをもたらす、人間精神の最も偉大な冒険なのです 。
![]() | 匠 習作(たくみ しゅうさく) プロフィール
1962年生まれ。北海道函館市出身。本名は菊地孝仁。1988年より医療機器メーカーに勤務し、1991年20代で工場長に就任する。2014年までの23年間、医療機器製造工場の生産管理、人材育成、生産技術に携わる。2012年技術士機械部門、総合技術監理部門を同時に合格し、2016年に独立。 次世代のエンジニアを育てるべく、技術士試験対策講座を主催する。日本で初めてグループウェアを使った通信講座であり、分かりやすい解説、講師と受講者1対1を大事にする指導で人気講座となる。また、科学技術全般を、一般の人・子供向けに分かりやすく説明するサイエンスカフェなども自主開催。機械学会・失敗学会では、事故事例の研究などを行い、これも一般の人向けにセミナーなども開催している。 匠習作技術士事務所代表技術士 |
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