2025/08/28
先週からの続きです。
今回は自然科学の本を3冊紹介します。ただし、技術士試験も科学技術が範囲ですから、今回から紹介する本は1回1冊、3回で3冊を御紹介します。
「盲目の時計職人」:リチャード・ドーキンス
「ガリレオの指」:ピーター・アトキンス
「失敗は予測できる」:中尾 政之
今回は、ドーキンスの「盲目の時計職人」をご紹介します。
本書は、生物学者リチャード・ドーキンスが、ダーウィンの進化論、特に「自然淘汰」というメカニズムが、地球上の生命が持つ驚異的な複雑性と精巧さを説明できる唯一の科学理論であることを、一般読者に向けて説得的に論証した画期的な科学啓蒙書です 。
ドーキンスは、18世紀の神学者ウィリアム・ペイリーが提唱した「時計職人のアナロジー」に真っ向から反論する形で本書を書き進めています 。ペイリーは「時計のような複雑で精巧なものがあれば、それを作った時計職人がいるはずだ。同様に、生物の体は時計よりもはるかに複雑なのだから、それらをデザインした偉大な創造主がいるに違いない」と論じました 。
ドーキンスは、この直感的に強力な「デザイン論」を認めつつ、そのデザイナーが神のような先見性を持つ存在である必要はないと主張します 。彼によれば、生命の「時計職人」は、未来を見通さず、目的も意識も持たない「盲目の」自然淘汰というプロセスなのです 。
複雑さという問題と累積淘汰という解決策 (第1章~第3章) ドーキンスは、まず生命の持つ「複雑性」、特に「組織化された複雑性」こそが説明を要する中心問題だと定義します 。コウモリが暗闇で獲物を捕らえるための超音波ソナー(反響定位)や、人間の眼の構造は、偶然の産物とは到底思えないほど精巧であり、まるで優れた技術者が設計したかのように見えます 。これが、創造論者がつけこむ「デザインされているように見える」という強力な幻想なのです 。 この難問に対するドーキンスの答え、そして本書の核心をなす概念が「累積淘汰」です 。彼は、多くの人が進化を誤解する原因は、「一段階淘汰」と「累積淘汰」を混同している点にあると指摘します 。無数の部品が偶然組み合わさって一度にジェット機が出来上がるような「一段階淘汰」は確率的にあり得ません 。しかし、進化はそうは進まないのです 。
ドーキンスは、この累積淘汰の力を示すために、有名な思考実験「ウィーゼル・プログラム」を提示します 。これは、シェイクスピアの『ハムレット』の一節「METHINKS IT IS LIKE A WEASEL」という28文字の文字列を、ランダムな文字列から生成するプログラムです 。完全にランダムな試行では、目標の文字列が偶然できる確率は絶望的に低い訳です 。しかし、プログラムに「累積」のルール、すなわち、偶然できた文字列のうち、目標に少しでも近いものを「保存」し、次はその保存された文字列にランダムな変更を加えていく、というルールを加えるだけで、驚くほど短時間(わずか数十世代)で目標の文字列が生成されるのです 。 これが累積淘汰の本質です 。各世代での変化はランダム(突然変異)だが、その中から環境に適応したものが選択され、保存される(自然淘汰) 。この小さな成功が次の世代の出発点となり、何百万年という時間をかけて積み重なることで、眼のような信じがたいほど複雑な器官が、設計図なしに「創造」されうるのです 。
進化の経路とペース (第4章~第6章) ドーキンスは、進化のプロセスを「遺伝子の川」というメタファーで表現します 。個々の生物は、遺伝子を次世代に運ぶための一時的な乗り物(サバイバル・マシン)に過ぎず、悠久の時の流れを旅するのは不滅の遺伝子情報そのものです 。 また、進化は考えうるあらゆる生物の形態(「動物空間」)の中を、連続的な経路をたどって進んでいきます 。眼のような複雑な器官も、光を感じる単なる細胞から始まり、くぼみができ、レンズが形成されるといった、連続的で機能的な中間段階を経て進化したことを、コンピュータシミュレーションを用いて示しています 。 進化には途方もない時間がかかったという批判に対しては、地球の年齢(約45億年)という地質学的時間が、累積淘汰がその力を発揮するには十分すぎるほど長大であったことを強調します 。 生命の起源そのものについては、それは進化とは別の問題であるとしながらも、超自然的な奇跡を必要とはしないと論じています 。自己複製を行う分子が、原始地球の化学的なスープの中から偶然生まれることは、極めて低い確率の出来事ではあるが、天文学的な数の惑星と時間を考えれば、どこかで一度は起こりうる「幸運な偶然」の範囲内です 。そして、一度でも自己複製子が誕生すれば、そこから先はダーウィン的な累積淘汰のメカニズムが自動的に作動し始めるのです 。
進化のダイナミクスと論争 (第7章~第10章) ドーキンスは、進化が単なる偶然や破壊的な力ではなく、極めて「建設的な」プロセスであることを強調します 。生物の発生(胚発生)のプロセスは、遺伝子に書かれたレシピに従って体を組み立てる複雑な「協同作業」です。進化とはそのレシピを世代ごとにわずかに変更していくプロセスなのです 。 また、進化は常にゆっくりと進むわけではありません 。捕食者と被食者の間で繰り広げられる「軍拡競争」のように、一方の進化が他方の進化を促し、その逆もまた然りというフィードバックループが生まれることで、進化は爆発的に加速することがある訳です 。
ドーキンスはここで、スティーヴン・ジェイ・グールドらが提唱した「断続平衡説」に反論します 。断続平衡説は、進化が長い停滞期と短い急進的な変化期を繰り返すと主張しますが、ドーキンスは、これが「急進的」に見えるだけで、世代から世代への変化はあくまで漸進的(少しずつ)であると主張します 。彼は、遺伝子のレベルで大きな跳躍(跳躍進化)が起こるという考えを退け、累積淘汰の基本原理が一貫して働いていることを再確認する 。 そして、分類学や分子生物学の知見から、地球上の全ての生命は、単一の共通祖先から枝分かれしてきた「唯一まことの生命の樹」を形成していると結論づけます 。
ライバルたちの敗北 (第11章) 最終章では、自然淘汰説以外の進化理論(ラマルク説、定向進化説、跳躍説など)を「破滅する運命にあるライバルたち」として取り上げます。加えて、それらがなぜ生命の組織化された複雑性を説明できないかを論証します 。例えば、ラマルク説(用不用説)は、個体が生涯で獲得した形質が遺伝するという考えだが、そのようなメカニズムは存在しないし、何よりそれが生物にとって「有益な」方向に進むという保証が何もないのです 。これらのライバル理論は、いずれも累積淘汰が持つ、非ランダムな方向性を与える力と、複雑性を構築する力を欠いているため、科学的説明としては成り立たないと結論づけます 。
本書を通じてドーキンスは、生命の複雑で美しい「デザイン」が、先見の明を持つデザイナーによるものではないことを繰り返し強調します 。それは、遺伝子のランダムな変異という素材に対し、非ランダムな淘汰というふるいをかける、盲目の時計職人「自然淘汰」の仕業なのです 。このプロセスは、目的も、心も、先見の明も持たない 。しかし、何億年という時間を味方につけることで、あたかも超知的な存在によって設計されたかのような、精巧で複雑な生命の世界を、ただひたすらに、自動的に、創造し続けてきたのです 。ドーキンスにとって、ダーウィニズムは単なる一つの仮説ではなく、我々が存在する理由を説明できる、唯一の理論なのです 。
付記
ドーキンスの本は、読者を説得しようとする熱意に溢れています。
「これでもか」というように証拠を連ねダーウィニズムの正しさを読み手に伝えようとします、技術士二次試験の解答論文を書く上で参考にすべきだと思います。
![]() | 匠 習作(たくみ しゅうさく) プロフィール
1962年生まれ。北海道函館市出身。本名は菊地孝仁。1988年より医療機器メーカーに勤務し、1991年20代で工場長に就任する。2014年までの23年間、医療機器製造工場の生産管理、人材育成、生産技術に携わる。2012年技術士機械部門、総合技術監理部門を同時に合格し、2016年に独立。 次世代のエンジニアを育てるべく、技術士試験対策講座を主催する。日本で初めてグループウェアを使った通信講座であり、分かりやすい解説、講師と受講者1対1を大事にする指導で人気講座となる。また、科学技術全般を、一般の人・子供向けに分かりやすく説明するサイエンスカフェなども自主開催。機械学会・失敗学会では、事故事例の研究などを行い、これも一般の人向けにセミナーなども開催している。 匠習作技術士事務所代表技術士 |
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