2025/09/11
先々週からの続きです。
3冊目は、科学分野ではなく工学分野です。
「失敗は予測できる」:中尾 政之
本書『失敗は予測できる』は、東京大学工学部で生産技術を専門とする著者、中尾政之氏が提唱する「失敗学」の考え方を解説した一冊です 。著者は、成功事例よりも失敗事例を用いた方が教育効果が高いことに気づき、畑村洋太郎氏らと共に「失敗学」を発展させました 。本書の中心的な主張は、「人間は必ず同じような失敗を繰り返すため、過去の失敗を分析すれば次に起こる失敗は予測できる」という点にあります。
著者は、失敗を予見する上で最も重要なのは、一見無関係に見える事象の間に類似性を見出す「アレッ、前のあの事故と似ている!」という気づきであると強調しています 。
事例1:石油暖房機とH2ロケットの配管
一酸化炭素中毒事故を起こした石油暖房機は、コンパクトな設計のために配管をZ字形に無理に曲げたことでゴムホースに亀裂が生じました 。著者はこれを見て、同じくコンパクト化のために配管を急角度で曲げたことが原因で打ち上げに失敗したH2ロケット「LE7」を連想しました 。両者に共通する失敗の本質は「コンパクトな構造が配管に無理を強いた」点にあります 。
事例2:大学の非常ドアと歌舞伎町ビル火災
著者は、大学の事務棟で非常口のドアが防犯上の理由から「非常時以外は開けるな」と封印され、常時施錠されていることに気づきました 。これは、窓が塞がれて多くの犠牲者を出した歌舞伎町雑居ビル火災と同じく、「安全のための措置が避難経路を塞いでしまう」という類似の危険性をはらんでいました 。
このように、過去の重大事故を自分事として捉え、教訓を活かすことで、身の回りの危険を効果的に改善できると述べています 。
著者は大学の安全管理室長としての経験から、「火消し(事後対応)より火の用心(事前防止)」が究極の失敗学であると説きます 。しかし、現代社会で起こる失敗は、かつてのような学術的なものではなく、階段での転倒といった日常的なヒューマンエラーが頻発していると指摘します 。
また、21世紀に入ってから製品リコール件数が急増していますが 、これは製造業の技術が低下したのではなく、むしろ逆であると論じます 。
社会の変化: 終身雇用の崩壊による内部告発の増加や、失敗を正直に公表する米国式の考え方が導入されたことで、企業は失敗を隠せなくなりました 。社会全体が小さなミスも許容しなくなった結果、公表件数が増加したのです 。
企業の体質強化: メーカーは失敗を公表し、信頼性設計を重視するようになり、品質保証部門の地位と権限が大幅に強化されました 。
新たな失敗の形態:
長期使用による失敗: 30年間使用された扇風機の発火事故など、設計時には予見困難な長期間の使用を経た上での失敗もメーカーの責任とされるようになりました 。
ソフトウェアの失敗: 契約の曖昧さ、ユーザーのさらにその先のユーザーの行動まで予測不可能なこと、定義すべき非機能要件が膨大であることなど、極めて複雑な要因が絡み合うようになりました 。
リスクとベネフィットの天秤
失敗を防ぐ上で、リスクとベネフィットのバランスをどう取るかが重要になります 。
分野による違い: 鉄道のようなインフラは絶対安全が求められるため、利便性を犠牲にすることが許容されます 。一方で自動車は、「自由に移動できる」という大きなベネフィットがあるため、社会は年間5000人もの交通事故死者という高いリスクを受け入れています 。
民生品のジレンマ: 家電製品などの民生品は、インフラ並みの安全対策を施すと価格が高騰し、消費者に選ばれなくなってしまいます 。メーカーは、安全とコスト、利便性の間で難しいバランス調整を迫られています 。このバランスは、最終的にはユーザーが決めるべきであると著者は主張します 。
挑戦と失敗
著者は、失敗を恐れて「枯れた技術(実績のある古い技術)」ばかり使っていては、ビジネスとして成り立たないと結論付けます 。特に日本の製造業は、新技術や新デザインに挑戦し、トップランナーであり続けなければ国際競争に勝てません 。ソニーの超薄型PCのような挑戦的な製品は、多少の故障リスクと引き換えに生まれるものです 。
失敗学の目的は、挑戦を止めることではなく、過去の失敗から学ぶことで次の挑戦をより安全に進め、成功に導くことにあるのです 。
| 匠 習作(たくみ しゅうさく) プロフィール
1962年生まれ。北海道函館市出身。本名は菊地孝仁。1988年より医療機器メーカーに勤務し、1991年20代で工場長に就任する。2014年までの23年間、医療機器製造工場の生産管理、人材育成、生産技術に携わる。2012年技術士機械部門、総合技術監理部門を同時に合格し、2016年に独立。 次世代のエンジニアを育てるべく、技術士試験対策講座を主催する。日本で初めてグループウェアを使った通信講座であり、分かりやすい解説、講師と受講者1対1を大事にする指導で人気講座となる。また、科学技術全般を、一般の人・子供向けに分かりやすく説明するサイエンスカフェなども自主開催。機械学会・失敗学会では、事故事例の研究などを行い、これも一般の人向けにセミナーなども開催している。 匠習作技術士事務所代表技術士 |
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