税理士試験は5科目の科目合格を積み上げて、初めて合格できる試験です。その合格までには、全体で3年から5年は必要と言われています。長丁場の試験勉強を継続するには、資格取得後の未来を思い描いてモチベーションを上げるとよいでしょう。

そこで今回は、現役の税理士として活躍されている安東正三さんにお話を伺いました。業務内容や税理士の存在意義、日々努力していること、そして税理士として今後挑戦したいこと。税理士を目指している方にとっては、とても参考になる内容なはずです。

Q:まずは、これまでのご経歴を教えてください

大手日系企業や外資系税理士法人での勤務を経て、現在はメーカーで税務担当をしています。

Q:現職では、どのような業務に従事されていますか?

現職では税務担当者として、国内税務から国際税務に至るまで幅広い税務業務に従事しています。

国内税務については、法人税・住民税・消費税・事業所税といった税目に関する申告業務だけでなく、決算における税金費用の計算業務、事業部からの税務相談対応業務、組織再編対応業務、税務調査対応業務などを担当。事業部からの税務相談内容はざっくりしていることが多く、「法人税について質問したいのですが」と言われて話を聞くと実は消費税の方に論点があったということも少なくありません。そのため、取引の中身を丁寧にヒアリングして、税務上の問題点と解決方法を税目横断的にアドバイスすることを心掛けています。相談に来る前は不安そうだった事業部担当者の顔が、相談後少し晴れやかになったときに税務担当者としてのやりがいを感じますね。

国際税務については海外取引の源泉所得税の対応業務、移転価格税制対応業務、組織再編対応業務などを担当しています。移転価格税制は、ときおり大きく報道されるように巨額の課税が打たれる分野です。そのため、税務担当者として神経をとがらせて対応しています。移転価格税制の難しい点は「正解がない」という点にあると考えています。正解がない世界で、日本当局と外国当局の両方が納得するだろう水準を探る作業は困難なもの。しかし、だからこそ両当局の協議(相互協議といいます)が無事妥結したときの喜びはひとしおです。

その他に、社内の税務研修の講師や子会社への税務教育なども担当しています。企業グループにおける税務能力の向上は、本社の経理部だけで達成できるものではありません。営業部や資材部といった他部署、あるいは子会社・孫会社の経理・実務担当者の税務能力が向上して、初めて達成できるものだと考えています。「税務」と聞くと身構える人は多いかもしれません。しかし、そういった人に対して、いかにわかりやすく説明するかが腕の見せ所だと思っています。本業の合間を縫っての研修準備は大変ですが、研修後のアンケートで「分かりやすかった」「税務は意外に難しくないと思った」という回答が来ると、それまでの苦労が一気に報われます。

Q:前職(外資系税理士法人)ではどのような業務に従事されていましたか?

前職では税務コンサルタントとして、主に外資系企業の日本法人の申告業務や移転価格税制対応業務に従事していました。クライアントの日本法人は小規模で、専任の税務担当を置いていないことがほとんどであったため、本社の税務担当者と英語でやり取りすることも多かったです。

たとえば日本の税法上で、とある費用が損金不算入である理由を英語で説明することは骨の折れる作業でした。しかし、クライアントから「よく分かった。ありがとう」という返信が来たときは、丁寧に説明したかいがあったと感じて嬉しかったです。

Q:税理士の存在意義はどこにあるとお考えですか?

すべての企業と個人が適切な納税を行うサポートをすることが、税理士の存在意義だと考えています。日本は他のアジア諸国と比べると国の歳入に占める税金の割合が低いものの、税収が国の収入源として極めて重要であることに変わりはありません。日本社会を支え、今後さらに発展させるためにも、適切な税収を確保する必要があります。

最近、東京国税局がオンラインフードデリバリーサービスの配達員について、運営元に情報提供を求めたという報道がありました。配達員の方は、ほとんどが適切に所得を申告して納税していると思います。しかし、申告義務を知りながら申告を怠る方もいると聞きます。そういった方の中には、「申告義務があるのは知っているがどうしたらよいか分からない」として申告をせず放置している方も一定数いることでしょう。

そういった方をサポートするのが、税理士の存在意義だと思っています。納税者でも国でもない、いわば第三者としての立場から税理士が関与。どのように申告したらよいか、どのような収入と費用を申告すべきか、いつまでに申告書を提出するのかといったことをアドバイスすれば、「申告義務があるのは知っているがどうしたらよいか分からない」として申告をせず放置している方を減らすことができます。

キャッシュレス化の進展により、現金取引が主流だった時代よりも申告漏れを捕捉しやすくなりました。所得があるのに申告しない人は、いずれ税務署に見つかります。見つかった場合は本来支払うべき税額に加えて多額の罰金を支払うことになり、その支払いを行わない場合は給与口座や家財道具が差し押さえられます。税務署に見つかったほとんどの方は、「きちんと申告しておけばよかった」と後悔しています。そういった方を一人でも減らすことが、税理士の大きな役割の一つだと考えているのです。

一方、世の中には税金を余計に支払っている方もいます。去年の確定申告相談では、10万円の特別定額給付金を課税所得の計算に含めている方(特別定額給付金は非課税です)、同居の息子さんが障害者であるにもかかわらず障害者控除を適用していない方、ふるさと納税をしているのに確定申告書に記載せず、ワンストップ特例の適用申請もしていない方がいました。こういった方々は、確定申告相談に来なければ、本来よりも多くの税金を支払っていたことでしょう。

多くの場合、税務署は税金を余計に支払っていることについて何も教えてくれません。「去年までは自分で確定申告書を作っていたが、今年は税理士に見てもらいたい」と言って相談会場に来た方の過去の申告書を見たら、毎年20万円以上の税金を払いすぎていたことが判明したケースもあります。そういった方を救うことができるのは税理士だけです。

Q:税理士として日々努力していることはありますか?

日々、税法知識をアップデートするとともに、知識を広げる努力をしています。税法は毎年改正されるため、常に最新の税法を頭に入れておかないと、思わぬところで間違った処理やアドバイスをする危険性があります。税法という法律の専門家として、正しい処理やアドバイスができるよう、最新の税法をフォローするようにしているのです。

また、税理士試験で選択しなかった相続税や贈与税に関する知識を得る努力もしています。税理士は世間から「税法の専門家」として見られるため、主要な税目についてある程度の知識量が求められるもの。突発的な相談にも対応できるよう、今後もこれらの税法の知識を広げていきたいと考えています。

Q:税理士として今後挑戦したいことはありますか?

英語やスペイン語で税務相談に対応できる税理士になるため、語学に挑戦したいと思っています。日本に居住している外国人の方の中には、税金のことでお困りの方も少なくないでしょう。多くの場合は通訳を介して税務相談を受けていますが、税理士がその方の母語を話すことができれば、より正確でその方のためになるアドバイスを提供できると考えています。

Q:税理士資格が武器になると感じた場面はありますか?

たくさんあります。たとえば事業部や子会社の税務相談に対応する際、雑談の中で「税理士資格を持っています」と言うと、私のアドバイスをより真剣に受け止めてくれると感じています。また、税理士資格は転職でも有利に働くでしょう。税理士限定の求人も多くありますし、税理士限定の求人ではなかったとしても、税理士試験に合格するだけの継続的な努力ができる人材であることはどの企業でも高く評価されると感じています。

Q:税理士の仕事はワークライフバランスを取りやすいと思いますか?

開業税理士や企業の税務担当者は、ワークライフバランスを取りやすいと思います。開業税理士は自分で仕事量がコントロールできますし、企業の税務担当者は繁忙期と閑散期がはっきりしているので、閑散期にまとめて休暇を取得する人も多いですね。

一方で税理士法人に勤務する場合は、自分で仕事量がコントロールできません。その上、職位や職種によっては年中忙しい人もいるため、「ワーク」の方にかなりの比重が置かれることもあります。私も税理士法人に勤務しているときは、事務所全体の休暇以外の有給休暇は取得できませんでした。

Q:最後に、税理士資格を取得してよかったと思いますか?

もちろんです。私は働きながら税理士試験の勉強をしていたこともあり、5科目合格するまで5年かかりました。5年間、9月からゴールデンウィークまでは土日のどちらか、ゴールデンウィークから試験本番(8月)までは土日のすべてを試験勉強に捧げる生活だったことを思い出します。

それだけの苦労をして税理士資格を取得しましたが、取得してよかったと感じています。税理士資格を取得して「税法に詳しいただの人」から「税理士」に変わると、周りの自分を見る目も変わります。また、資格を取得した後は、税法の専門家としての意識が強くなったように思います。今後の働き方に関する選択肢として、会社員を続ける以外の道が開けたことも自分の中では大きいですね。

税理士の活躍フィールドは無限大

税理士の資格は、税理士事務所だけでなく一般企業でも役に立ちます。税理士の資格を取得すると職業選択の幅が広がるだけではなく、転職でも有利に働くでしょう。税理士試験合格までの道のりは険しいですが、合格した後の景色は格別です。税理士試験に合格し、ご自身の希望するフィールドで存分に活躍してください。

[プロフィール]
安東正三(あんどうしょうぞう)
税理士(近畿税理士会)。大手日系企業、外資系税理士法人を経て現在はメーカーの経理部で税務業務を担当している。平日は会社員、休日は個人税理士事務所の所長として税理士業務を行っている。好きな映画は「ショーシャンクの空に」。