社会保険労務士とは、企業にとって不可欠な「ヒト、モノ、カネ」のうちヒトに関する専門家であり、その中でも「労働、社会保険」に関する法令を専門とします。言うまでもなく、合格するには多くの法律や通達を学ぶ必要があり、一朝一夕に合格できるものではありません。そこで、社会保険労務士試験に合格するにあたって、目安としての勉強時間を解説しましょう。なお、本記事は2020年社会保険労務士試験開催時点での情報をもとにしています。

社会保険労務士試験合格までの勉強時間とは

実際のところ、合格までに要する勉強時間は人それぞれ異なります。これは他の資格試験等ですでに勉強法が確立している方と、そうでない方でスタートから走り出しの時点で一定の差が生まれてしまうからです。だからと言って、勉強法が確立していない方が必ず膨大な時間を要するということではありません。インターネットで検索すると、恐らく1,000時間から1,200時間程度が必要といった情報が出てくるはず。しかし、これはあくまで一般的な「目安」であり、自身にも合致すると考えるのは時期尚早です。

社会保険労務士試験の特徴は法律数が多く、かつ記憶できているか否かを試す試験ということ。そのため、一度記憶しても8月の試験当日に記憶できていなければ、試験合格という目標に対しては意味がありません。そのため、勉強時間よりもスケジューリングが重要と言えるでしょう。

スケジューリングでは試験日までの大枠としてのスケジュールと週単位、そして日単位のスケジュールの決定も重要です。中にはスケジュールを決める時間すらもったいないと思われる方がいるかもしれませんが、人間は習慣に縛られる特徴があります。例えば日常生活では当たり前とされる歯磨きは習慣の一つであり、自分の意志を奮い立たせて歯磨きをするようなことは多くないでしょう。こうした習慣化の一助として、スケジューリングは非常に有用です。ただし、スケジューリングに膨大な時間を使えという意味ではありません。目安としてスケジューリングするに留め、万が一修正が必要な場合には自分の中のルールとして修正可能としておくことで、精神的な障壁も低く感じることでしょう。

一定量の勉強時間は必要だがそれが目的ではない

社会保険労務士試験合格に向け、一定の勉強時間の確保が必要であることは言うまでもありません。気を付けなければならない点は「1,000時間勉強する」と決めた際、社会保険労務士試験合格と1,000時間勉強をイコールにしてしまわないこと。試験合格という本来の目的が1,000時間勉強することにすり替わってしまわないよう、十分に注意しなければなりません。

何に勉強時間を費やすか

社会保険労務士試験の特徴に挙げられるのが、「足切り」という制度の存在です。例えば国民年金法で満点を取ったとしても、一般常識で基準点を下回ってしまうと合格することはできません。つまり、苦手科目を作れないということです。

しかし法律数の多い試験ゆえ、すべての科目を得意分野にすることは不可能に近いでしょう。そこで、どの科目もまずは足切りを回避すべく、基準ライン以上の知識を得るための勉強計画が必要です。8月の試験実施月に「皿回し」のように特定科目の記憶が薄らいだと感じた場合には、立てたスケジュールを変更する勇気も求められるでしょう。

原則として、どの科目も一定水準以上の知識に持っていくためには、やはりスケジューリングが重要です。しかし、それに固執してしまうことが悪い方向に向かう可能性も見逃せません。どんなに特定科目の知識を有していても、他の科目で一定水準以上の知識がなければ、出題された問題によって足切りとなり合格が難しくなってしまいます。

苦手科目ほど伸びしろがある

例を挙げると、労働安全衛生法は日常生活や社会生活において、馴染みが多いとは言い難い科目です。そして出題範囲が膨大であるにも関わらず、出題数は少ない科目でもあります。社会保険労務士試験は選択肢式試験と択一式試験の2つ。労働安全衛生法は両方で出題されますが、択一式試験より選択式試験での割合が大きいという特徴があります。労働基準法とセットで(2020年時点)出題されるという性質上、労働基準法で点数を稼げば問題ないという意見も少なくありません。しかし選択式試験では、5点満点中3点の獲得が足切り回避に欠かせない点数です。

点数の配分は、労働基準法と労働安全衛生法を併せて5点満点のうち労働基準法で3点、労働安全衛生法で2点となります。そのため、もしも労働基準法で3点(満点)を獲得できなかった場合、労働安全衛生法で1点以上を必ず獲得しなければなりません。こうしたことから、労働安全衛生法については択一式試験と選択式試験で、選択式試験の方が重要と考えるのが自然でしょう。なお、選択式試験では紛らわしいダミーの選択肢が多く混入しており、正確な記憶が試されます。

足切り回避の勉強法

社会保険労務士試験の恐ろしい部分の一つが「足切り」です。たとえ総合得点で合格基準点を大幅に上回っていたとしても1科目が基準点を下回れば合格することはできません。そのため、どの科目もある程度は満遍なく知識を整備していく必要があります。逆に、極端に得意科目を作るよりも、極端に苦手な科目を作らない方にフォーカスするのが早期合格の1指標になるのではないでしょうか。これは特定科目で満点を取ったとしても、1科目でも基準点を下回ると合格できない試験の構造上、誤ってはならない部分です。足切り回避のためには、より早期に試験範囲のインプットを終わらせることが重要となります。

また、社会保険労務士試験の特徴として、数学のように積み重ねの科目ではないことが挙げられるでしょう。1つの科目で行き詰っても、まずは全範囲を終わらせることに注力した方が長期的には理にかなっています。日常生活や職業生活に馴染みのある法律であっても、数回触れた程度で理解できるほど簡単な内容ではありません。合格後に一定の知識整備をしている方でさえ、完璧に理解できていない内容は少なくないでしょう。そのため、足切り回避のポイントとしては論点の躓きに固執せず、まずは試験範囲を早期に1周するスケジュールを組むことが大切です。

勉強時間と勉強時間帯

社会保険労務士試験の勉強時間の目安には、よく1,000時間から1,200時間が挙げられています。しかし、個人差がある点は否めません。そのため、勉強時間に拘るよりも、勉強する時間帯を重視すべきでしょう。

社会保険労務士試験は2020年時点で、8月の第4日曜日の日中に開催されています。そして選択式試験は午前、択一式試験は午後の実施です。これらの時間帯で適切にアウトプットできることが、試験合格には欠かせません。仕事等の都合上、日中に勉強時間が確保できないこともあるでしょう。それでも試験前には、日中に適切なアウトプットが行える状態に仕上げておくことが求められます。また、そのような状態は一朝一夕に身に着くとは言い難く、公開模試等の活用は本番での失敗しないためにも有用です。

科目別の勉強時間

これまで足切りにかかるような苦手科目を作らないよう、満遍なく勉強すべきと述べてまいりました。しかし勉強時間に置き換えると、すべての科目に同じ勉強時間を当て込むのはナンセンスです。例えば択一式試験で6問出題される労働保険徴収法と、択一式試験で10問と選択式試験で5問出題される厚生年金保険法では、そもそもの出題数に差があります。記憶すべき範囲も異なることから、勉強時間数に差がでてくるのは自然なことでしょう。より早期に試験範囲を1周し、そこから何度も繰り返し学習したうえで、各科目の配分を調整しながら記憶に定着させることが合格に近づけるための考え方です。

多くの人が勉強時間に拘る理由

試験当日は誰もが緊張します。社会保険労務士試験は国家試験であり、法律上では「毎年1回以上開催」とされていますが、事実上チャンス(試験日)は年に1度しかありません。そこで努力の成果を時間内に発揮しなければならないため、緊張しないという人はむしろ少ないのではないでしょうか。

自身を奮い立たせる意味で、自信を持って試験会場に足を運べる事実を持っていきたいとの思いに駆られます。そのため、勉強時間は(記録しておく必要がありますが)努力の成果が目に見えることから、勉強時間数に拘る受験生が多いという印象です。当然、それ自体は悪いことではありません。勉強時間の実績を試験会場に持って行き、自身を奮い立たせることができれば一定のプラスの効果はあるでしょう。しかし問題は、日々の勉強の中で時間の積み上げを目的にしてしまうのが、本来の目的(社会保険労務士試験合格)から外れていることです。

まとまった時間の確保

最近は隙間時間の有効活用が叫ばれていますが、一定のまとまった時間は必要ないというわけではありません。特に試験日前の1週間は、勝負を分ける1週間となる場合もあります。仕事しながら勉強する社会人受験生の場合、この期間に有給休暇をあて、勉強に専念する例も珍しくありません。

試験前1週間に関わらず、一定の勉強時間を確保できた際に何に手を付けたらよいかわからない。こういう声が、実は少なくありません。例えば、公開模試を実際に解いてその復習に充てる。あるいは、国民年金法と厚生年金保険法は2階建ての構造となっていることから、関連学習(同じ日にまとめて学習)することで記憶が整理しやすくなるというメリットがあります。まとまった時間が確保できた際に何を行うかは、事前にリスト化しておくと良いでしょう。

まとめ

社会保険労務士試験は記憶の試験です。表現が適切でないかもしれませんが、理解に至っていなくても、記憶していれば点数が取れることもあります。あまりにも理解に固執してしまい、全試験範囲の習熟度が上がらず試験日を迎えることは適切とは言えません。理解については試験合格後に時間を設けて行うべきこと。まずは記憶していく(できているかも定期的にチェック)ことに注力するのが、試験の早期合格に向けて有用ではないでしょうか。

[筆者プロフィール]
蓑田 真吾(みのだ しんご)
熊本県出身。社会保険労務士。みのだ社会保険労務士事務所代表。顧問先企業の労務顧問や社会保険における相談、手続きを行う。