公務員試験を受験するに当たり自分や社会の未来について考える受験生も多いかと思いますが、
今回はスタディング公務員講座の主任講師を務めていただいている
「永田 英晃 講師」に未来についてどのように考えているのかを語っていただきました!

是非一度お読みいただき、ご自身の未来について考えてみてください!

江戸時代のように世の中にほとんど変化がなかった時代には、自分の将来の進路と言う概念がなかった。武士の子は武士、商人の子は商人と、祖父や父と全く同じ人生を歩めば良い。永遠に同じ環境が続くため、先祖代々続くレールに沿って生きることが求められた。革新は不要であり、旧態依然とした代々の処世マニュアルを習得すれば、一生安泰であった。実は現代においても、この江戸時代の風潮が残っており、親と同じような価値観で子供にレールを歩ませ、大企業に新卒一括採用で奉公すると言う考えは根強い。受験勉強にしても会社の業務にしても、マニュアルを習得すると言う江戸スタイルが今でも残っている。漸く働き方改革などでやっと日本も変革の兆しを見せているが、江戸時代から400年続く価値観を変えるのはなかなか難しい。だが、時代はデジタルの波を迎え、日本人の苦手とする「未来を予見して進む」と言う生き方をしなければならない時代に突入している。状況は日々変化している。今回は、その変化を深掘りし「未来の予見」をテーマに、役立つ情報をお届けする。

文明は一方的に急激に進化する。

進路を考える時に最もやってはいけないことがある。それは「遠い未来のために今、流行りのスキルを習得しよう」とすることだ何故ならば、遠い未来に、今のスキルは役に立たず、他の技術に淘汰されている可能性が高いからである。例えば、一昔前に子供の習い事で上位を占めていたものに算盤塾がある。私が子供の頃、「算盤ができれば計算が早くなり、将来の仕事に役立つ」と言う理由で子供に習わせていた家庭が多かった。私の父はプログラマーで1995年頃、自宅でプログラミング教室を開き、子供は面白がって集まった。だが、保護者の大半が通わせることに猛反対した。その理由が「プログラミングなんて訳の分からないものができても意味がない。ウチの子は将来のために算盤塾に通わせていますから。」であった。そのお陰で、今頃、彼らは算盤のスキルを活かしてさぞ大活躍していることだろう。

同じことが今、隆盛を極めている英語やプログラミングにそのまま当てはまる。自動通訳アプリやノーコードが発達したら、これらのスキルは算盤と同じ運命を辿るだろう(一つ補足をしておくと、勿論、短期的な需要は多くあるため、数年は活躍できる。言いたいことは、将来的には淘汰されるため、それを考慮しておくと良い、と言う意味である)。 近年、「AIによって仕事が奪われる」と言う話が大きく取り上げられている。漠然とは聞いたことがあったとしても、具体的な進化が不明なので対応の仕方がわからない、と言う人が多い。AIなど便利を追求する技術や文明は、次々に新しいものが生まれ、旧式の技術に戻ることはない。スマートフォンが普及した後にポケットベルに回帰する現象は絶対に起きない(勿論、個人レベルではあるかもしれないが、それは文明というよりも個人の文化・思想による回帰である。世相の大勢が後戻りに動くことはあり得ない)。よって、今ある仕事のスキルは、ほとんどAIに代替されるのは確実である。これは不可避の未来であるため、ありとあらゆる作業をAIが担う事態を想定しておいた方が良い。

一方で文化・思想はグルグルと循環する

技術や文明は一方的に進化をするが、文化や思想はグルグル循環する傾向がある。例えば、一時期、日本ではアメリカ流の風俗が若者に流行り、「映画は洋画しか見ない」「食べ物はジャンクフードが中心」「髪はブロンドに染める」と言った傾向が強くあった。このまま行くと10年後、日本はアメリカのような国になる、と思われたが、その後の若者は「映画ランキング上位はほとんどが邦画」「食べ物はヘルシーで太らないように注意」「髪は黒髪」と、全く正反対の進化を辿った。他にも、インターネットやスマホの普及で起業がブームとなり、独立挑戦志向が若者のスタンダードになるかと思いきや、不況が訪れて公務員や大企業の安定志向になったり、教育でも実力勝負のお受験学力戦争を真っ直ぐ突き進むかと思ったら、面接などの人物試験が重視されるなど、一方向のみに推移するのではなく、過去の傾向が復活すると言った循環進化になっている。文明は、便利か不便かと言ったら絶対に便利の方が良い、と言う絶対的な基準で変化するのに対し、文化や思想は、心地良いバランスが重要であり、一方に偏ると「やっぱりこっちがいいかも」と、反対方向に引っ張る力が働き、まるで振り子のように行ったり来たりを繰り返すのである。これが世代間のギャップを生んでいる。「前の世代の価値観の違和感から、次の世代は逆の価値観に動く」と言う側面もあるため、世代間のギャップは今後絶対になくなることはないだろう。「親と子供は考え方が異なるが、祖父母と孫は意外と気が合う」と言う隔世共感の理由もこれで解明できる。

螺旋階段で未来を予見

ここまで整理すると、文明であろうが文化・思想であろうが、今の状態が全く変わらない、なんてことは、絶対にあり得ないことがわかる。それにも関わらず、多くの人は、現在の状態を前提として未来を考えて準備をしてしまう。文明・技術は明らかに今よりも便利になる。一方で文化・思想はグルグル循環する。総合すると、世の中は螺旋階段を上るように進むのである。これを前提にすれば、今後、世の中がどのように動くのかをある程度、予見することができる。つまり、「少し前に廃った価値観が、新技術とともに復活する」と言う未来を想定できる。例えば、平成に失われた昭和の価値観が、最新技術の普及によって令和の時代に復活する、と言った流れだろうか。これらは細かい予言のようなものではなく、所謂「歴史は繰り返す」と言った格言を掘り下げたものに過ぎないが、我々の生きる方向性に大きな示唆を与えてくれる。

自分の未来を考える時に、「今、自分はその螺旋階段上にいる」そして、これから「螺旋階段上を進む」と階段を歩きながら捉える。すると、未来がわからず、まごまごしている他人を尻目に、未来を先取りしたアイデアが生まれ、何処へ行っても引く手数多の人材になることができる。千里眼や魔法使い、時代の寵児などと呼ばれる人が持つ「螺旋階段予見」と言う武器の威力を、あなたの人生でも大いに役立ててほしい