公務員試験に向けてうまくいくか不安な受験生も多いかと思いますが、
今回はスタディング公務員講座の主任講師を務めていただいている
「永田 英晃 講師」に潜在意識の大切さについて語っていただきました!

マインドセットを改めて成功をつかみ取りたい受験生にぜひご覧いただきたいコンテンツです!

苦行で満足するな

勉強と言うと、困難な相手に向かって歯を食いしばって頑張るイメージがあるかもしれない。何やら部活動の練習のように根性を出して耐えて耐え抜くような作業を勉強と思っている人も多いが、これは全くの誤りである。寧ろ苦しいと言う状態で勉強を進めても、「自分は頑張った」と言う達成自己満足だけで、能力は一向に向上しない。結果を伴わないから、当然、周囲からの評価も「手を抜いているのだろう」と低くなって行く。一方、自分は苦痛を感じながらも踏ん張っているため、認識の違いから時には周囲と不協和音となり喧嘩や軋轢を生んでしまう。人間関係にもヒビが入り、良いことが全く無い。しかし、そのような努力第一人間に限って、「人生とは苦難の連続だ」と開き直り、他人にも苦行を強いてしまうことが多い。今の時代はこれがパワハラと言う名で問題視されている。そもそも「結果の伴わない苦行」と言う極めて無価値の行為を何の疑いもなく続けていることが誤りである。

成功ビジョンのイメージは一種のシミュレーション

同じ行為でも、苦行と感じる人と快楽を感じる人がいる。例えば、ダンスを考えてみよう。身体を動かして踊るのが大好きな人にとっては快楽だが、運動神経もリズム感もなくてダンスが苦手な人にとっては、苦痛以外の何物でも無い。しかし、世の中には、元々ダンスが苦手であっても、考え方を変えることによって、踊りを苦行から快楽に変え、飛躍的に上達し今や大成功を収めている人もいる。その鍵となるのが「成功ビジョン」の強いイメージである自分がダンスで人々を魅了し、大活躍するサクセスストーリーを常に思い描き、潜在意識レベルにまで叩き込む。今まで苦行だったダンスの練習も、それがサクセスドラマのワンシーンに早変わりし、快楽の絶頂となる。すると、自分はダンスの世界からやってきたダンス妖精だとばかりに、練習が楽しくなり、みるみる上達し、本当にサクセスストーリーを歩むことができるのだ。

同じことが学習にも当てはまる。大成功を収めている自分を強くイメージすることで、苦行をサクセスストーリーの一コマに変え、楽しくて仕方がない状態を無理やり作り出すのである。すると、学習がスムーズに進行し、能力も飛躍的に向上する。成功をイメージするだけで、何故、学習が捗るのかを説明しよう。イメージとは言い方を変えれば一種の「シミュレーション」である。何度も何度もイメージするのは、何度も成功体験をシミュレーションするのと同じであるため、試行を繰り返せば自ずと「できて当たり前」となり、成功率も高まるのである。

ネガティブ前提は絶対に成功しない

受験と言うと、「頭に鉢巻きをして目標に向かって頑張る!」と言うガリ勉の姿を思い浮かべる人も多い。一般的に流布している典型受験者像だが、一つ付け加えるとしたら、これは「落ちる受験者」のモデルである。試験では落ちる人の方が圧倒的に多いため「一般的な受験者像」としてこの姿が定着している。彼らは戦う前に既に負けている。「目標に向かって頑張る!」は裏返すと「頑張らないと達成しない」「今の自分は不足している」が前提となっている。つまり自己の潜在意識の中で「きっと受からない」が根付いてしまっているため、どれだけ努力を重ねようが、蓋をした容器に水を大量に注ぐような徒労に終わる。

これも極端な例が分かりやすい。田舎の村で周囲に誰も東大に合格したことのない環境で育った者にとって、東大は「とてつもなく遠い最難関大」である。よって、前人未到の挑戦として、頭に鉢巻きをして一心不乱に頑張る。しかし「自分の能力は東大に達していない」が潜在意識の中で前提のため、結局、思うように能力が伸びず、試験は不合格となり、その村には「東大はとてつもなく難しい」と言う伝承だけが残り、その後も挑んでは報われないガリ勉を量産することとなる。一方で、家族のほとんどが東大で、同級生のほとんどが東大に合格する進学校に在籍する環境では、「東大合格は当たり前」のことであり、何の努力をすることもなく、「朝ごはんを食べる」ぐらいの感覚で楽々と東大に合格する者が多い。能力に差はない。潜在意識の違いである。 また、受験以外にも、たまに何かをする度に「私はたぶんダメです」が口癖になっている人がいる。恐らく失敗した時の伏線として周囲の期待の度合いを下げようとしているのだろうが、このような人は絶対に成功しない。前提が「成功しない」に設定している訳だから、当然、予定通りに失敗する。「私の言った通りダメでした」となって落ち込み、自信を更に失い、また「私はたぶんダメです」「やっぱりダメでした」を繰り返し、周囲も見放して廃人へ突き進む。可哀相だが自分の蒔いた種である。この人にとっては絶望が潜在意識上の到達点になっている。過去の環境が原因で仕方なくこのようなネガティブ志向に陥ってしまったのであろうが、とても残念なことである。

どんな時も「成功・幸せの階段を上り続けている」と思え

さて、同じことをするのでも、前提となる潜在意識が違うと雲泥の差が生じると理解して頂けただろうか。このように過去の環境によって潜在意識は構成される。それでも、その時その時の状況によって新たにネガティブに陥ってしまうことがある。当然、長い人生、紆余曲折があり、時には困難や苦痛を伴う出来事にぶち当たることもある。そこでネガティブな気持ちになるのをグッと抑え、気持ちを切り替えて「人生で起きる事は全て良きこと!」と、困難や苦難もポジティブに楽しむことが何よりも重要である。人生をドラマのように考えてみると分かりやすい。全く困難や苦難が出てこない淡々とした展開、「今日は昨日と同じ1日でした。続く。」「今日も昨日と同じ1日でした。続く。」・・・。このように何の山坂もなく延々と続くドラマに果たして何の意味があるのか。どうせならやはり、困難や苦難を乗り越えて成功や幸せを手にするドラマが面白いし、それでこそ生きる意味を見出せる。困難や苦難は、ドラマを面白くするための演出であると考えよう。演出だから、きっと乗り越えることができ、その先には必ず成功や幸せが待っている毎日、どんな出来事が起きようとも、それは成功や幸せの階段を一歩一歩上がっている、その途中に今、自分はいるんだと信じてほしい。たったそれだけで、あなたの暗い人生はキラキラのサクセスストーリーに早変わりする。