現役の行政書士に聞いた!行政書士の資格を取得しようと思ったきっかけは?

行政書士の資格試験に向けて勉強していると、「他の人は、どんな理由で行政書士を目指しているのだろう」と気になる方は多いでしょう。資格取得のきっかけには、その後の活躍など目標・目的が含まれているもの。改めて思い返すことで、資格勉強に向けたモチベーションも高まるかもしれません。

今回は現役の行政書士として活躍されている井上通夫さんに、行政書士を目指したきっかけについてお話を伺いました。資格取得後に、思い描いていた未来は待っていたのか。また、具体的に担われている業務などもお話しいただいていますので、ぜひ参考にご覧ください。

Q:行政書士として、現在あるいはこれまで取り組まれてきた仕事内容など教えてください

現在、行政書士としての仕事の6~7割は、顧問契約をしている公益法人(社団法人・財団法人)です。その他には、相続・遺言業務、民亊法務、入管申請業務を行っています。民亊法務については顧問先である公益法人からの相談や知人からの紹介。また、相続・遺言業務や入管申請業務は知人からの紹介です。

行政書士事務所を開業したのは2008年7月15日のこと。当初はこれと言ったコネクションもなかったため、自分でチラシを作り、1日2,000~3,000枚を目途にポスティングしていました。運よく翌月に、チラシを見たというコンビニエンスストアの店長から内容証明作成の依頼が。このことを先輩の行政書士に話したら、「開業して1ヶ月で仕事が来るのは凄い!」と驚かれました。

チラシ配布で分かったことは、思っている以上に行政書士のニーズは高いということ。概算ですが、チラシ1,000枚で問い合わせが1件程度、問い合わせ10件で成約が1件という感じでした。つまり、チラシ10,000枚で、1件ほど契約が取れるというイメージになります。

また、当初の問い合わせで、興味深いことに気づきました。チラシには行政書士が取り扱う主な業務を記載していましたが、問い合わせの内容は「相続」「遺言」「離婚」のほぼ3点だったのです。そのため、開業当初の方針としては、この3点に業務を絞ることにしました。その後、少しずつ仕事が入ってきましたが、まだまだ行政書士の仕事だけで生活できるレベルではありません。

そして開業から3~4年経った頃、公益法人の法律が改正されたことを知りました。この法改正によって、当時の社団法人や財団法人は「一般社団・財団法人」か「公益社団・財団法人」を選択しなければならなくなったのです。しかも、どちらかを選択したうえで行政庁へ申請し、許可が必要でした。もしこの許可を得なければ、解散となってしまいます。まさに、社団法人や財団法人にとっては死活問題だったでしょう。

そこで、知り合いのHP制作会社とタイアップして福岡市内とその近郊の社団・財団法人にDMを送り、申請のための営業を行いました。申請には財務的な書類も必要でしたから、その部分は当該会社の知り合いである税理士に依頼。結果的に、全部で20社程度と契約しました。報酬は社団・財団法人の規模にもよりますが、概算で1件60~100万円です。この報酬額を当職、税理士、会社で分配した結果、比較的収入が安定するようになりました。ただし、それでも行政書士の仕事1本で生活するには、まだ少し厳しいものがあったのが正直なところです。

なお、一般社団・財団法人は1年に1回、公益社団・財団法人は年2回、行政庁へ報告書を提出しなければなりません。先の申請業務を行った法人のうち、7社と引き続き顧問契約を結ぶことになりました。その後も2社と顧問契約を結び、現在9社と顧問契約を締結している状態です。顧問契約の内容にもよりますが、1社あたりの報酬額は年間10~38万円ほど。この他にスポットの業務として、相続・遺言業務、民亊法務、入管申請業務が入ってきます。これによって、開業後7~8年で経営が安定してきて、行政書士の仕事1本で生活できるようになりました。

Q:行政書士資格を取得される前は、どのような仕事に就かれていましたか?

行政書士の資格を取得したのは、2006年度の行政書士試験です。その当時は学習塾で、小中学生に国語と英語を教えていました。そして行政書士事務所を開業するため、2008年3月に学習塾を退職。約19年間、学習塾に勤めていたことになります。

それ以前の職歴として、大学卒業後は大手信販会社に就職しました。その後、流通業界に転職し、さらに学習塾へ転職したという経緯です。信販会社では債権管理を担当。行政書士になってからは債権の相談を受けることが多く、このときの経験がかなり役立っています。また、学習塾で国語を教えていましたので、行政書士になって文書を作成する際に役立っていますね。

Q:なぜ、行政書士の資格を取得しようと思ったのでしょうか

事情があって、子どもが3歳のとき父子家庭になりました。当時は学習塾に勤めていましたが、実家で暮らしており、幼稚園は送迎バスがあったため、どうにか勤め続けることができました。しかし、子どもが小学生になれば送迎バスがなくなります。両親に頼ることも限界があり、このまま学習塾を勤め続けるのは難しくなると思い始めました。そこで、家でできる仕事は何かと考えたのです。

大学は法学部で、しかも憲法・行政法のゼミに所属したことから、行政書士を目指すことにしました。また、行政書士が自宅でも開業できるという点も魅力でしたね。ただ、大学を卒業してから20年以上、ほとんど法律の勉強はしていません。ですから、勘が戻るまで苦労しました。

Q:資格取得に向けて勉強した際、苦労したこと、それをどのように解決したのか教えてください。

もっとも苦労したのは、仕事をしながら行政書士の試験勉強をしたことです。特に2005年までは、行政書士試験が10月にあったことで苦労しました。学習塾の仕事は夏休みが繁忙期です。朝7時に起きて仕事に行き、仕事が終わって帰るのは夜の10時頃という生活でした。つまり、試験の1ヶ月前の重要な時期に、ほとんど試験勉強の時間が確保できないことになります。私は通信教育の教材を利用して試験勉強をしていましたが、夏休み中は1日30分勉強時間が確保できれば良い方でした。

しかし、2006年度の試験から試験日が11月になったことで、光明が差してきました。夏休み後の2ヶ月間、みっちり勉強することが可能となったのです。この2ヶ月間は、睡眠、食事、仕事以外の時間を全て勉強時間に当てることで、1日4~5時間の勉強時間を確保することができました。

通信教育の教材に週1回程度の模擬試験がありましたが、「間違いノート」を作り間違った問題と解説をコピー。1ページの表に問題、裏に解説文を貼り付け、繰り返し復習しました。大手資格専門学校の通信教育だったため、ほぼその教材に専念しましたが、唯一民法について苦手意識が強かったので、「司法書士試験」の民法の教材で勉強して補強しました。また、通信教育に入っている講師の方の解説音声を通勤の車の中で聞き、頭の中に刷り込むようにもしましたね。当時、職場まで片道1時間かかっていましたので、有効な復習時間になったと思います。

その結果、2006年度に試験合格。この年から、記述式問題が3題出されるようになりました。試験後に解答速報を確認すると、選択問題では合格圏内に入っていましたが、記述式問題の点数が分からず発表まで不安だったのを覚えています。それでもどうにか合格することができ、とても嬉しかったですね。その年の合格率は4.79%、つまり受験者21人に1人という難関でしたが、なんとか合格できたのは、無駄を徹底的に省いて勉強したお陰だと思います。

Q:行政書士の資格を取得し、当初思い描いていた希望は叶いましたか?

全ての行政書士がそうだと思いますが、開業当初は早く行政書士1本で生活をしたいと考えていました。多少年数はかかりましたが、現在行政書士の仕事だけで生計が成り立っていますから、希望は叶ったと思います。

行政書士は資格を取る苦労に比べてなかなか仕事が入ってこない、いわゆる「食えない資格」だという話が少なくありません。しかし、これは正確ではないでしょう。自分の得意とする分野を専門業務として、さまざまな情宣活動や営業活動を行えば、行政書士の仕事だけで生計を立てることは可能だと思います。

Q:行政書士の資格取得後、当初の想定と違っていたことは何かありましたか?

いい意味で違っていたのは、予想以上に仕事の幅が広いことです。また、新たな仕事が増えていくことも予想外でした。新たな制度が設立される度に、行政書士の仕事の可能性が広がってきます。昨年の「持続化給付金」の申請も同じ。多くの法人や個人から相談や問い合わせをいただき、3件ほど申請のお手伝いをしました。

一方で悪い意味で想定と違っていたのは、民亊法務のうち離婚協議書作成の成約が少なかったこと。多くの場合、妻側からの依頼が多いのですが、子どもが小さく専業主婦の方が多いこともあって、相談者に離婚協議書の報酬(例えば2~3万円)を伝えても「1ヶ月のパート代と同じくらいです。とても払えません。」と言われ、成約に至るケースはほとんどなかったのです。このことから、個人が出す2万円と法人が出す2万円とは重みが違うのだと実感し、次第に法人を対象とする業務にシフトしていきました。

Q:今後、行政書士としてどうなっていきたいと考えていますか?

常に、顧客から頼りにされる行政書士でありたいと思っています。現在もちょっとしたトラブルやよく分からない事柄について、気軽にご相談いただいています。それらがいつも契約につながり、報酬をいただける仕事になるわけではありません。しかし、何かあったときに「ちょっと行政書士の井上に聞いてみよう」と思われていることは、何ものにも代えがたい喜びです。もちろん、相談内容をお聞きして他の士業(司法書士、税理士など)をご紹介する場合もあります。ただ、相談者が満足するのであれば、行政書士としての存在意義はあるのではないかと思っているのです。

行政書士はワークライフバランスも重視できる資格

信販会社や流通業、そして学習塾を経験して行政書士の資格を取得された井上さん。仕事と勉強の両立に苦労しながら、資格取得後は充実して仕事に取り組まれていることが感じられました。ご家庭の事情から、自宅でも働ける点に大きな魅力を感じたとのこと。独立も可能ですから、同様にワークライフバランスを重視したい方には1つのきっかけとなり得るポイントでしょう。ご自身が、なぜ行政書士になりたいのか。その思いを忘れずに勉強へ取り組み、資格取得を果たしてください。

[プロフィール]
井上通夫(いのうえみちお)
行政書士(平成18年度行政書士試験合格)、申請取次行政書士(令和2年1月取得)。福岡大学法学部法律学科卒。大学在学中は、憲法・行政法ゼミ(石村ゼミ18期生)に所属、新聞部編集長を務める。卒業後、大手信販会社や大手学習塾等に勤務し、平成20年7月に福岡市内で行政書士事務所を開業、現在に至る。現在の業務は相続・遺言、民事法務(内容証明・契約書・離婚協議書等)、会社設立、公益法人(社団・財団法人)関連業務、在留資格業務など。福岡県行政書士会所属。

<取材・執筆:三河賢文>