行政書士として資格取得を目指すなら、その先にある未来もしっかりイメージしておきましょう。資格取得後、どのような仕事に就き、どんな活躍ができるのか。具体的に思い描けば、資格試験のやる気も湧き上がってくるはずです。そこで今回は、現役の行政書士として活躍されている井上通夫さんにお話を伺いました。実際に従事している業務内容や行政書士の担う社会的な役割など。資格試験の合格を目指すうえで、とても参考になるはずです。

Q:行政書士として、どのような業務に従事されていますか?

大きく分けて、相続・遺言業務、民亊法務、入管申請業務、法人業務の4つです。まず相続・遺言業務は、主に遺産分割協議書や遺言書を作成すること。遺言書は後々の紛争を避けるため、自筆証書遺言ではなく、できるだけ公正証書遺言にしていただくようアドバイスしています。

民亊法務は、かなり幅広い業務です。例えばクーリングオフや貸金の返済、契約解除等のために内容証明を作成したり、契約書を作成したり。あるいは、離婚協議書を作成したりするものです。そして入管申請業務は、日本に在留する外国人の在留資格の取得申請や在留資格の変更申請を代行するもの。最後に法人業務は、株式会社を設立するための手続きや社団・財団法人の代理人として報告書を作成し、行政庁に提出する業務です。現在私は6社の財団法人と、3社の社団法人と顧問契約を結んでいます。

Q:行政書士はどんな社会的役割を持ち、どのようにそれを果たしているのでしょうか?

日本は外国に比べて規制の多い国です。以前よりも行政機関の窓口は親切丁寧になり、申請などもインターネットを利用できるようになりました。そのため、自分で申請の手続きを行うことは可能です。それでも、多くの人にとって手続きには不安が付きまとうもの。このような場合、行政機関と国民とを繋ぐ専門職として、行政書士が存在するものだと理解しています。

また、遺産分割協議書や遺言書、離婚協議書などの作成は、本来であれば弁護士に依頼するものです。しかし、多くの人にとって弁護士へ相談するというのはハードルが高いため、「町の法律家」と言われる行政書士に相談されるケースは思っていた以上に多いと感じています。この点も、社会的な役割ではないでしょうか。

昨年の「持続化給付金」などからも分かるように、困窮した会社や個人事業主に対して政府が給付金を支給しようとする場合、本人が自ら申請しなければなりません。日本における多くの手続きは、このような仕組みになっています。申請する際には行政庁から詳しいマニュアルが出されていますが、さまざまな状況を想定しているため、多くの人が読みたくないと思うほど膨大な分量に。また、使われている言葉もやや難解です。このような場合、行政手続きのプロである行政書士が手続きの概要を説明し、代理人として代行することが可能となります。

Q:現在、行政書士としてどのような働き方をしていますか?

行政書士が取り扱う業務の多くは、申請などの手続きに関するもの。それは法律の成立、法改正に基づいています。従って行政書士が社会的役割を果たすために、法律の成立や改正はもちろん、新たな情報を収集するため常にアンテナを巡らせるようにしているのです。こうすることで、依頼者から問い合わせや質問があった場合に、きちんと根拠を示したうえでご説明できるような働き方をしています。

Q:社会的役割を果たす、あるいは行政書士として業務するうえで苦労されている点は?

全ての仕事に言えることですが、顧客がいなければ仕事は発生しません。ただし行政書士の場合、扱う業務内容が多岐に渡るため、逆に「これは行政書士の仕事だ」と認識されていないことが多くあります。従って行政書士の業務は幅広いので、例えば「建設業許可の専門家です」と名乗らないと、自分を選んでくれないというジレンマがあるもの。専門性を前面に押し出すことで顧客から認知され、仕事が増えると思っています。

開業当初、多くの行政書士はとにかく仕事が欲しいため、「何でもできます」という売り込み方をしがちです。実際、私自身もそうでした。しかしある業務に特化していることをアピールした方が、相談や依頼は結果的に多くなります。そして依頼者からの信頼を得れば、専門外でも「○○の業務もお願いします」と頼りにされ、自ずと業務の幅が広がっていくでしょう。

Q:社会的役割を果たしたと実感できたとき、どんな喜びを得られますか?

現在は1円から株式会社を設立することができます。ただし多くの人は、会社を作る作業を難しいと感じるはず。ここに行政書士の出番があり、会社の組織作りのアドバイスや定款の作成・認証など、依頼者と相談しながら進めていきます。そして会社が設立したときには、大きな達成感を感じるのです。

また、難しい申請が許可された際にも、達成感や充実感を覚えます。これは仕事をやり切ったということと、依頼者の役に立ったという喜びなのでしょう。

Q:行政書士という仕事に対して、日々どんな点に誇りを感じていますか?

申請書に限らず遺産分割協議書や遺言書、離婚協議書など、行政書士はさまざまな種類の文章を作成する仕事です。従って、ほぼ毎日文章を作っていると言っても過言ではありません。多くの人は申請書や協議書など、人生を左右するような文章を作ることには大きなストレスを感じます。私たち行政書士は日々業務を行う中で、依頼者の負担を少しでも軽減しているという誇りを感じているものです。

Q:今後、行政書士としてさらに突き詰めていきたいことは何ですか?

一般的に行政書士は申請のプロフェッショナル、書類作成の専門家というイメージでしょう。もちろん実態はそうなのですが、実際には申請前や書類作成前に、まず依頼者から相談を受けます。このとき依頼者は、ある許可を得たい、ある問題を解決したいということから行政書士のもとに足を運んでくれるわけです。つまり申請書を作成する、書類を作成するという業務は、あくまでも依頼者のニーズに応えるための一つの作業に過ぎません。まずは依頼者の相談内容や意向をじっくりと聞いたうえで、専門家として方向性をきちんと示すことがスタートとなります。行政書士として突き詰めていきたいことは、依頼者からの相談内容を聞いたうえで、最良の方法を示せるような「コンサルタント」の役目を担うことですね。

Q:どんな人が行政書士に向いていると思いますか?

大前提として、行政書士は体系的な法律の知識を持ち合わせていなければなりません。行政書士は「町の法律家」と称されるほど、国民・市民にとって身近な存在です。従って、さまざまな事柄について尋ねられたり相談されたりします。その内容は契約・相続・離婚などのトラブル、給付金の請求、税金の問題など多岐に渡るもの。これらの多くは法律と関わる事柄ですから、体系的な法律の知識が頭に入っていなければ十分に対応することができません。

また、相手の考えや置かれている状況を十分に引き出す「聞く力」を身に付けている人は、行政書士に向いていると思います。もちろん、依頼者の相談内容に答えたり問題点を説明したりできる能力も必要ですが、決して能弁である必要はありません。

行政書士には、依頼者の依頼内容を他言しないという「守秘義務」があります。「以前の依頼では○○だった」などと喋りすぎると、「自分のことも他で話されているのではないかと」と疑心暗鬼を持たれ、逆に信頼を失うことにもなり兼ねません。聞かれたことについて満足のいくように答える。また、その場で答えられないことは調査した上で改めて回答し、余計な話はしないなどが重要です。

Q:行政書士として、もっともやりがいを感じるのはどういうときですか?

申請が問題なく許可されたり、作成した文書で問題が解決したりして、依頼者から感謝されたときにもっともやりがいを感じます。また、以前無事に許可を得たり解決したりした依頼者の方から新たに他の相談者・依頼者を紹介され、その方から新しく相談や依頼を受けるような場合は、信頼を得ているということになりますからやりがいを感じますね。

Q:行政書士として得ている年収に対して、どの程度の満足感がありますか?

行政書士になって12年経ちますが、ほぼ満足しています。開業して5年ほどは行政書士の仕事だけでは生活できず、ウエブライターや家庭教師などの副業で家計を支えていたものです。しかし開業して8年を過ぎた頃から、行政書士の仕事一本で生活できるようになりました。

行政書士の中には市内中心部に大きな事務所を構え、数人の補助者を抱えている人もいます。多くの年収を稼いでいますが、人件費や必要経費もかなり掛かっているようです。行政書士という仕事には、仕入れなどがありません。ですから、売れなければ(仕事がなければ)在庫を抱えて、直ぐに経営が立ち行かなくなるというものではないのです。極端な話になりますが、事務所とパソコンと電話があれば成り立つ仕事であり、他の士業に比べて経費はさほどかかりません。その点で行政書士を個人で行っている限りは、通常の生活ができる年収を稼ぐことは決して困難ではないと思います。

Q:行政書士という仕事の将来的な期待について教えてください

以前に比べて、行政機関の窓口が親切に対応してくれるようになりました。また、ホームページなどで必要な情報を公開するようにもなったため、行政書士に依頼することなく、自分で申請することが可能になっています。それでも申請に馴染みが無い人にとって、依然としてハードルが高いのは紛れもない事実でしょう。

また、申請について行政庁の窓口に問い合わせを行う場合でも、行政書士が代わって行えば担当者は「申請のプロ」として対応してくれます。また、何よりも的を射た質問をすることで、スムーズなやり取りができるでしょう。規制が多い日本では、このような状況が当分続いていくものと思います。行政書士の将来的な期待とは、まさに「申請のプロ」「文書作成の専門家」として存在し続けるものだと考えているのです。

Q:行政書士の仕事はワークライフバランスを取りやすいですか?

一言でいえば、行政書士はワークバランスを取りやすい仕事だと思います。行政書士の業務は、依頼者から正式に依頼を受けて着手します。そして申請や文書を作成することになりますが、余程急ぐ事案でない限り、締め切りにはある程度時間的な余裕があるでしょう。そのため、自分でスケジュールを調整することで、自分の自由な時間を確保することは十分に可能です。これは一般的なビジネスパーソンだと、ほとんど不可能なことではないでしょうか。

Q:行政書士として日々を充実させるため、心掛けていることや工夫があれば教えてください

顧問先の会社や顧客から電話やメールで質問や問い合わせがありますが、できるだけ当日、遅くとも翌日までには回答を返すようにしています。また、回答はできるだけ文書で、さらに可能な限り資料も添付してメールで送るようにしているのです。些細なことかもしれませんが、一人ひとりの顧客を大切し、対応することで、信頼を得ることができていると思っています。このような信頼が、現在の仕事に結びついているのではないでしょうか。

自分が活躍したい分野を明確に資格勉強へ取り組もう

町の法律家として頼りにされる行政書士。井上さんは多くの顧客から感謝を受け、そこにやりがいを感じながら働かれていることが分かりました。行政書士の担う業務内容は多岐にわたりますが、得意とする専門分野を持つことがおすすめとのこと。ご自身が資格取得後、どのような分野で仕事に注力したいか考えておくと良いかもしれません。そしてそれを果たせるよう、まずは行政書士の資格合格を目指してください。

[プロフィール]
井上通夫(いのうえみちお)
行政書士(平成18年度行政書士試験合格)、申請取次行政書士(令和2年1月取得)。福岡大学法学部法律学科卒。大学在学中は、憲法・行政法ゼミ(石村ゼミ18期生)に所属、新聞部編集長を務める。卒業後、大手信販会社や大手学習塾等に勤務し、平成20年7月に福岡市内で行政書士事務所を開業、現在に至る。現在の業務は相続・遺言、民事法務(内容証明・契約書・離婚協議書等)、会社設立、公益法人(社団・財団法人)関連業務、在留資格業務など。福岡県行政書士会所属。

<取材・執筆:三河賢文>