「ユニクロが特許で訴えられた」というニュースを、耳にしたことのある方は多いでしょう。ユニクロやGUなどのブランドを展開する株式会社ファストリテイリング(以下、ファストリ社)が、セルフレジを巡る特許権侵害で訴えられていた訴訟事件です。2021年12月24日、ファストリ社と原告である株式会社アスタリスク(以下、アスタリスク社)および株式会社NIP(以下、NIP社)との和解成立が発表されました。

両者の争いが最高裁にまで持ち込まれるなど、世間の注目を集めていたこの訴訟。では、いったい何が問題だったのでしょうか。ここではファストリ社とアスタリスク社らの訴訟について、和解に至るまでのプロセスを含めて解説します。

アスタリスク社はなぜファストリ社を訴えることになったのか

最近ユニクロで買い物をした方なら、一度は体験したことがあるかもしれません。ユニクロの店舗には、商品をカゴに入れたまま会計できる、大変便利なセルフレジシステムが導入されています。今回の訴訟では、アスタリスク社の保有するセルフレジに関する特許権が争点となっており、その権利の有効性を巡って両者(ファストリ社VSアスタリスク&NIP)が激しく火花を散らすこととなりました。

今回の一件は、ファストリ社によるセルフレジのコンペにおいて、コンペに参加していたアスタリスク社のセルフレジが採用されなかったことが端を発します。アスタリスク社はコンペ参加時点でセルフレジに関する特許出願(この時点では権利化されていない)を行っていて、ファストリ社にもそのことを伝えていました。しかしアスタリスク社の提案は採用されず、コンペに落選したのです。その後、2019年1月にアスタリスク社の特許(その後、複数の特許に分割されています)が成立したことで、アスタリスク社はセルフレジの特許ライセンスを巡りファストリ社と協議を行っています。

そんな最中の2019年5月、ファストリ社はアスタリスク社の特許に対する無効審判請求を行いました。無効審判請求とは、特許庁による特許権利化の判断について、新たな理由に基づきやり直してもらうための手続きです。つまりファストリ社は、アスタリスク社の特許を取り消すための対応を取りました。

これに応戦するかたちでアスタリスク社は2019年9月、東京地方裁判所に対してファストリ社による特許権侵害行為を差し止めるための仮処分申し立てを行いました。これによって、ついに訴訟による全面対決が始まったのです。

アスタリスク社の特許とは?

ここで、アスタリスク社が保有する特許について簡単にご説明しておきます。今回の事案で争点となった特許は複数件ありますが、ここで取り上げるは、その基本となる特許(特許6469758号)です。

アスタリスク社の特許となった発明は、「RFID(Radio Frequency Identifierの略)」と呼ばれる非接触で情報の読み書きが可能な技術を使い、タグ(読取装置と電波で更新できるRFタグと呼ばれるもの)に埋め込まれた情報を読み取る読取装置やそのシステムについてのもの。特に、上側が解放された状態でタグが付けられた物品を囲うシールド部と呼ばれる要素をもつことで、外部から電波の干渉を受けることなく、シールド部に囲われた商品タグだけを確実に読み取るという点を特徴としています。

このようなアスタリスク社の特許発明を利用すれば、利用者は商品タグ(RFタグ)が付けられた商品をまとめて(シールド部に相当する)会計場所に置くことにより、非接触で商品価格などの商品情報を読み取って簡単に会計処理を行うことが可能です。

両者の争いは激化

ファストリ社が請求した無効審判では、アスタリスク社の特許権の一部が無効であると判断されました。特許権はその権利内容が「特許請求の範囲」という項目に記載されます。さらにその中では「請求項1」「請求項2」「請求項3」・・・と記載され、それぞれの請求項が個々の権利として認められるのです。

今回の無効審判請求の決定(審決)では、全部で4つの請求項(請求項1~4)で成り立っているアスタリスク社の特許に対して請求項1・2・4が無効、残りの請求項3が有効であると結論づけられました。つまりファストリ社が求めた、アスタリスク社の特許として記載されるすべての請求項が無効であるという判断には至らなかったわけです。この決定については両者とも不服とし、2020年8月に知的財産高等裁判所(以下、知財高裁)へ無効審判の決定(審決)を不服とする審決取消訴訟を提起しました。しかし知財高裁は2021年5月、特許権の一部が無効とする審決を取り消し、アスタリスク社の特許はすべて有効であるとの判決を出してファストリ社側の請求を棄却しました。

ファストリ社はここで引き下がりません。ファストリ社は知財高裁の判決を不服として、最高裁判所への上告とともにアスタリスク社(NIP社)が持つセルフレジに関する複数件の特許について無効審判請求をおこない、徹底的に戦う姿勢を見せていました。なお、アスタリスク社は審決取消訴訟の間に、自身の保有するセルフレジに関する特許を特許ライセンスなどのビジネスを手掛けるNIP社に譲渡しています。この譲渡についてアスタリスク社は、事業の継続や拡大が最優先事項であることを理由に挙げています。

突然の和解

長期化が必至と見られていた両者の争いは、突然幕を下ろします。2021年12月24日、ファストリとアスタリスク、NIPの3社は、今回のセルフレジに関する訴訟などの争いについて和解が成立したと発表しました。この発表では、次のように述べられています。

「ファストリ社は、現在NIP社の保有する特許が有効に存在していることを尊重し、アスタリスク社およびNIP社は、本セルフレジはアスタリスク社の特許出願が公開される以前から、ファストリ社が独自に開発し使用していたものであると確認するという円満な和解合意であり、和解成立の結果として、アスタリスク社およびNIP社は特許権侵害訴訟等を取り下げ、ファストリ社は無効審判請求を取り下げる。」

少し分かりにくい内容ですが、セルフレジに関する特許の件で、両者(ファストリ社vsアスタリスク&NIP)はこれ以上争わないことを表明したことになります。この発表の中で和解条件について一切公表しないことが記載されているので、水面下でライセンス契約などの手打ちがあったのかは不明です。ただし、ファストリ社にとってはユニクロやGUで展開するセルフレジを継続させることができ、一方のアスタリスク社(NIP社)にとっては特許権の有効性が認められ、アスタリスク社のセルフレジシステムがいわゆる「特許技術」に基づくものであることが証明された結果となりました。

まとめ

今回の事案は、ファストリテイリングという巨大企業に対して小規模の企業が特許で立ち向かい、対等に戦った記憶に残る事例です。和解内容は分かりませんが、新たな技術開発やイノベーションで頑張っている中小・ベンチャー企業にとって、勇気を与えるものだったのではないでしょうか。

特許は企業の大小に関わらず、自社の技術を守る大事な防御ツールです。ただし特に小規模企業にとっては、1件の特許が今回の事例のように大企業とも戦える大きな武器となる場合があります。そのためにも、新しい技術を開発したり新たなビジネスアイディアを考え付いたりした際には、その情報を公にする前に特許出願を行い、権利化させることが重要といえるでしょう。